棋士たちの視力検査

将棋マガジン1987年10月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 故・花村九段は下手殺しとして駒落ちにも定評があった。ある時の指導で上手が勝ち感想戦で、こう指せばあなたの勝ちでしたね、といいながら駒を並べ直したが熱中して、以下の変化は……と、こうなって上手勝ち、とやった。アレ?
  • 棋士は口が悪く、多少では記憶に残らないが、それだけに有名なのはすごい。鈴木(輝)六段が二上九段にごちそうになる。二上九段は上機嫌でマイクを持つ。鈴木はそばから「お客さん達、うまくもない歌におせじで手をたたくもんでないですよ」
  • 棋士はある部分の記憶力がいい。内藤九段は右の目の視力が極度に悪い。ある時の検査で左の目を先にしたら見えた物を全部覚えてしまった。次に右となり、見えないのだが頭が知っている。つい正しく?答えてしまった。「困るね、あれは」

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棋士は、電話番号を数字として認識するのではなく、図形として認識して瞬時に覚えてしまう、聞いたことがある。

出典は思い出せないが、また真偽の程は確認できないが、升田幸三実力制第四代名人は鳥が沢山いる光景を一瞥しただけで、鳥が何羽いるか数えることができたという。

この日本野鳥の会も驚くような技は、その瞬間の光景が写真のように頭の中に焼き付けられているから。

そういう意味では、昔の視力検査表などは、図形として瞬時に覚えるには格好の材料であり、左右の視力が違う棋士は、この時の内藤國雄九段と同じような悩みを検査の都度感じたことだろう。

覚えたくないことが自然と頭の中に入ってしまうのも悩ましいこと。

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私は聞いていなかったが、文化放送で昔放送されていた『大学受験ラジオ講座』。

この講座の名講師だった東北大学の勝浦捨造助教授が受験生の「せっかく勉強して覚えたことも、時間が経つと忘れてしまうことがあります。人間はどうして忘れてしまう動物なのでしょうか」という質問に対して答えた内容が絶妙で今でも覚えている。

「人間には悲しいことも起きます。しかし、悲しいことをいつまでも覚えていたのではあまりにも辛すぎます。歯が痛かった時のことを脳が忘れずに覚えていると、歯を直してからでも歯が痛い状態が続くことになります。神様は人間の悲しかったこと、辛かったこと、痛かったことなどの苦痛をやわらげるために、人間に忘れる能力を与えてくれたのです。ですから忘れることを気にする必要はありません」

のような回答だったと思う。非常に説得力があった。

勝浦助教授の有名な「継続は力なり」の言葉も本当にそうだと実感できる。

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しかし、これらの勝浦助教授の言葉を実感できるようになったのは、社会人になってしばらく経ってからのことで、受験生の時には頭に入っていなかった。

世の中はこのようなものなのだろう。

 

 

「棋士たちの視力検査」への1件のフィードバック

  1. 中平邦彦氏の「棋士・その世界」13頁に「升田は少年のころ、飛び立つ鳥の数をピタリと当てた」として5行にわたって紹介されております。

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