筆が滑ってしまう揮毫

将棋マガジン1987年11月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 将棋界のタイトル戦で対局者は和服着用が多いが、それらの逸話もある。大内九段は昭和50年の名人戦で一局ごとに和服を代えた。ところが予想もできず全9局になったので何着かは新しく作った。なんでも挑戦料より余計にかかったという。

  • 若手達も先輩に習うが、中にはその時が初めての経験で着付けに苦労する者もいる。中村王将は仲間に、初めてにしてはいい、とほめられたが、答えは”立っていただけ”よく分からないので対局場の仲居さんに全部やってもらったのである。

  • 塚田泰明七段が四段に昇段した時故・塚田正夫名誉十段夫人より、塚田という棋士が出たのはうれしい、と和服一式を贈られた。大舞台に出た時使わせていただきます、と答えたそうだが、今度の王座戦で、その和服が見られるかもしれない。

  • 棋士が色紙に書く肩書きも変化のあった時はなじめず間違うこともある。中原名人も名人獲得直後に「新名人」と書いた話は何となく微笑ましい。丸田九段は九段昇段後しばらくは「丸田丸段」と筆がすべってしまうことが続いたという。

  • 記録係は奨励会員がやるが、人によっていろいろな話がある。升田九段も低段時代に経験があるそうだが、対局者の方が弱いので見ていられない。そこで消費時間を多くつけ、早く終わるようにしたという。分かる気もするが、ほめられませんね。

  • 大山-中原の王位戦で谷川少年が記録係をつとめたことがある。中原名人が担当の能智記者に「能智さん、この子は将来必ず名人になりますから今のうちに色紙をもらっておいた方がいいですよ」といった。名人の眼力、怖るべきである。

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「塚田」という名字は、「名字由来net」によると推定人数では366位。

もっと上位に来そうなイメージがあるが、意外と少ない。

1位は佐藤、100位が杉本、200位が南、300位が村松で350位が宮城、365位が荻野、367位が奥野、378位が谷川。

「谷川」と近い順位と考えると、「塚田」という名字はたしかに少ないということが実感できる。

塚田正夫名誉十段夫人の「塚田という棋士が出たのはうれしい」という気持ちも強く理解できる。

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「九段 丸田祐三」と書きたいところを「丸段 丸田祐三」と筆が滑ってしまうということ。

当然、丸山忠久九段も同じような悩みがあった時期があったはずだと思う。

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ちなみに「丸山」は78位、「丸田」は996位。

丸で始まる名字で1,000位以内は丸山と丸田だけ。

 

 

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