近代将棋1982年12月号、小池重明読売日本一(当時)の連載随筆「将棋と酒」より。
狼は自らの力で傷をいやすという。私は酒の力を借り、友の力を借り傷をいやそうとしたが……まだ奥のほうでズキン、ズキンと脈を打っている感じだ。何時になったら狼になりうるのか一生なれないのではないか………。
母をなくした時、やっと母の深かった愛情に気付いた。この先一生あのような深い愛とは巡りあえないのではないか……。私に残ったのは後悔ばかりである。
しばらくそんな気持を忘れていたが、今年のアマ戦の後、日がたつにつれそんな気持になってきた。嫌な気持である。後悔がいっぱいである。本当に自分はアマ名人に向かって、力一杯頑張ったか、どこかで逃げていたのではないか……、狼はどんなときでも全力を尽くしスキを見せない。スキを見せたら最後、己が無くなることを知っているからだ。なのに私は………、これからは一局、一局が何時も最後の将棋だと思い精一杯自分を試してみたい。
酒の旨い季節である。私の場合は一年中旨いが、ふぐ、まったけ、ぎんなん、秋はつまみが旨すぎる。つい度を過ごしてしまう。先日も悪友である日本棋院の上村七段と池袋からスタートしお決まりのコース新宿へ。きれいな女性が数人、二人で内心今日はついてる!ピッチがいつもより早い、そして焼肉を食べに、今日はひょっとするといいことがあるかも………こういう時だけはすぐ狼になれるのである。ところが、ところがそれからの記憶が全くないのである。何かよい夢を見ていたような気がする。遠くの方から声が聞こえる。段々大きな声になって耳に入ってくる。そして目がさめ、前をみると制服のおまわりさんが「大丈夫ですか?」一瞬自分の置かれている立場がよくわからない。まわりをみると車が沢山とめてある。良くみると駐車場である。車と車の間で上衣を脱ぎ寝ていたらしい。そしてまた「大丈夫ですか?」の声が聞こえる。実は110があったものですからとのこと。近くに高層ビルが見える。新宿の近くであることは間違いないらしい。ここはどこですか?「代々木ですよ」……納得がいかない、歌舞枝町で飲んでいてここは代々木。がんがんする頭と重い体をひきずりながら出た結論は、送り狼が代々木で射殺された。いやおはずかしい酒は飲み過ぎないように皆さんも気を付けましょう、それとマニキュアをした女にも……。
(以下略)
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「母をなくした時、やっと母の深かった愛情に気付いた。この先一生あのような深い愛とは巡りあえないのではないか……。私に残ったのは後悔ばかりである」
小池重明さんとお母さんの関係を考えると、非常に心を打つ言葉だ。
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「飲み過ぎないように皆さんも気を付けましょう、それとマニキュアをした女にも」
一転して送り狼が代々木で沈没したという話。
歌舞伎町から代々木までは歩いて20分はかかるので、きっと歌舞伎町で小池さんと女性が一緒にタクシーに乗ったのだと考えられる。
しかし、送り狼になりそうな様子の酔った小池さんを見て、女性が代々木で小池さんをタクシーから降ろした、と推理できる。
どちらにしても、酔っ払いすぎないことに越したことはない。