近代将棋1983年5月号、スポーツニッポン新聞社の松村久記者の「第32期王将戦 王将交代劇に見た”底知れぬ恐ろしさ” 米長新王将誕生」より。
挑戦者米長邦雄棋王が3勝1敗と大山康晴王将をカド番に追い込んで迎えた第32期王将戦七番勝負第5局は、3月3日、4日、横浜市磯子区の横浜プリンスホテルで行われた。米長、絶対優勢だが、大山は前期、中原誠名人(当時)の挑戦を受けて、やはり第5局を1勝3敗のカド番で迎えて快勝、その後千日手局もはさんで4勝3敗の大逆転防衛劇を演じた実績がある。勝負の流れは、この一局でどう変わるかはわからない。ともに負けられぬ心境で臨んだことだろう。
しかし、2日夕刻、ほぼ同時刻に横浜プリンスホテル入りした二人は、いつもと同じリラックスムード。地元横浜在住の作家、斎藤栄さんのアイデアで、前夜祭に神奈川県の日本酒「王将」(小田原市)が卓上を飾った。大山は「全国歩いたけど、王将というお酒は初めて。小田原にあったとはねェ」とご機嫌だし、米長も「どれどれちょっと味見を」と杯を出しながら「アレ?私はまだ王将じゃなかった。今度は是非”棋王”という酒を造ってもらわなくちゃ……」と軽口を叩いていた。
(以下略)
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相手をカド番に追い込んでいる状況での「アレ?私はまだ王将じゃなかった」は米長流の挑発。
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年が明けての王将戦七番勝負、挑戦者が渡辺明棋王なので、構造的には「アレ?私はまだ王将じゃなかった。今度は是非”棋王”という酒を造ってもらわなくちゃ……」と同じことを言うことができる環境。
もちろん、酒ではなく、「アレ?私はまだ王将じゃなかった。今度は是非”棋王”という餃子を造ってもらわなくちゃ……」でも良くて、これは栃木県で行われる第3局の前夜祭にはピッタリと考えられるが、当然のことながら実現される可能性は非常に低いと思う。