昔から奨励会内で語りつがれてきた嘘のような本当の話

近代将棋1985年1月号、小林広明1級の「記録係の一日」より。

 対局が始まったら、記録係は席を立つ事はできません(トイレだけは別)。私は思うのですが、対局の最中の記録係の態度で、その奨励会員の将棋などの将来性が分かるような気がします。盤面の喰らいつくようにして、その将棋を見ている者もあれば、居眠りをしている者もある。その他にもいろいろとエピソードがあるので、奨励会内で人気のあった順に、紹介してみよう。

ベスト1

 Aはその日、記録をとった。そして秒読みの最中に、(明日は奨励会)という事を思い出した。時計を見ると、もうすぐ終電の時間だ。あせり出したAは、ついに腹を決めた。驚く事にこう言ったんです。

「明日奨励会です、30秒……」

「もうすぐ電車が無くなります、40秒……」

「こう指せば詰みだろう、50秒1,2,3……」

ベスト2

 Bは、実は記録係だった。20分程前に、「失礼します」と言って席を立ったが、なかなか戻って来ない。不審に思ったC先生は、辺りの奨励会員に聞いてみた。

「B君を見なかったかね」

「さきほど帰りましたが……」

 後日、Bに尋ねたところ、

「眠くなったから」

 と言ったそうである。

ベスト3

 生まれて初めて記録係を務めるDは、「今日は元気に行こう」と思った。

 緊張をしているうちに、開始の時間になった。Dは、対局者に向かって、

「始めてください、ヨーイドン」

 と大声で言った。これには対局者もあきれて、言葉も出なかったと言う。

 他にも例はあるが、昔から奨励会内で語りつがれている、嘘のような本当の話をお伝えした。勿論、現在このような事をしたら、即退会である。そして前に述べた奨励会員も、後に退会していったようである。

 やはり私は、将棋に対する素直さというか、ひたむきな心というものが、棋士においても、奨励会員においても大切だと思う。

(以下略)

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ベスト1とベスト2の強烈度が凄い。

ベスト3を大きく引き離している。

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ベスト3の「始めてください、ヨーイドン」。

言った後、誰も反応してくれなかったとしたら、かなり地獄だと思う。

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後年、ベスト1かベスト2に入りそうなことが起きている。この奨励会員はその後退会したという。

「残り何分?」 「一分だよ」

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泉正樹八段も奨励会時代、記録係の時に居眠りをしてしまい、駒音が麻雀の牌を打つ音に聞こえたか、「ポン!」と叫んでしまっている。

ただ、これは不可抗力のようなもので、笑い話になっている。

花村元司九段-加藤一二三九段戦での「ポン!」

 

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