「羽生は、勝負のオニだ」

将棋マガジン1990年5月号、「ドキュメント’90 第48期順位戦最終局」より。

 3月6日。C級1組順位戦は大詰めを迎えた。昇級者2名のうち、1名はすでに羽生と決定。残る1名を目指しての争いは、ここまで1敗を保持してきた森下と2敗キープの土佐にしぼられていた。

 1敗の森下は、もちろん自力であるが、最終局の対戦相手は、あの羽生である。第9戦で、羽生は泉に土をつけ、泉の昇級の望みを断ち切った。自らの昇級が決まっていて、対泉戦は羽生にとってはいわば消化試合であっただけに、千日手2局を作ってまでも泉を負かしに行った羽生を見て、控え室の面々は、「羽生は、勝負のオニだ」と、うめいたものだった。

(以下略)

* * * * *

C級1組順位戦ラス前、羽生善治竜王-泉正樹六段戦(タイトル・段位は当時)が行われる直前は、

羽生善治竜王(8勝0敗、2位、昇級が既に決定)
森下卓六段(7勝1敗、20位)
泉正樹六段(6勝2敗、3位)
土佐浩司六段(6勝2敗、15位)

という状況。

泉六段にとってラス前は、まさに負けられない一戦。

このような中、羽生竜王が千日手2局を経て泉六段に勝ったのだから、「羽生は、勝負のオニだ」と言われるのも無理はない。

ラス前が終わって、

羽生善治竜王(9勝0敗、2位、昇級が既に決定)
森下卓六段(8勝1敗、20位)
土佐浩司六段(7勝2敗、15位)
泉正樹六段(6勝3敗、3位)

となり、泉六段の昇級の可能性がなくなった。

* * * * *

最終局、羽生竜王は勝っても負けても、翌期のB級2組での順位は変わらない。

そして、森下六段に勝って、結果的に森下六段の昇級を阻んだ形となった(土佐六段は最終局に勝ち昇級)。

控え室では、ラス前の時の「羽生は、勝負のオニだ」から更にエスカレートして、「鬼だ」「人間じゃない」などの声があがったという。

血涙の一局

* * * * *

よくよく見てみると、土佐六段も6戦目で羽生竜王に敗れている。

昇級の目があった泉六段、森下六段、土佐六段の全員が羽生竜王に敗れているわけで、実際には羽生竜王は3人の中の誰の得になることもやっていないし、相対的には誰の損になることもやっていないことになる。

同じ勝ちでも、タイミングの違いによってドラマになったりならなかったりする好例かもしれない。

* * * * *

将棋マガジン同じ号の「対局日誌」に掲載された羽生-森下戦の局後の写真