「名人が丸山君に兄貴分らしく振るまうなど、この二人が気の合う仲間だとはじめて知った」

将棋世界1999年9月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 さて、この日は注目の対戦が2局ある。一つは、佐藤名人対丸山八段戦(王座戦)で、名人位を防衛して気をよくしている名人に、今が絶好調、今期(4月)になって負けなしの10連勝中の丸山八段が挑む。

(中略)

 6図は、先手が▲8五玉と逃げ出したところ。入玉が成るかどうか、きわどいところである。両者の残り時間は1分。1分将棋が20手以上続いている。

佐藤丸山1

6図以下の指し手
△3八竜▲同銀△9四金▲8六玉△8四金▲同銀△6六角▲9五玉△6七角(7図)

 丸山八段は駒を打ったり動かしたりするとき、ゆっくりと駒音を立てぬよう指すが、△3八竜のときは、金をひったくるように取った。

 名人は、参った!の表情である。秒読みのなか、竜を取るか取らぬかを決めなければならない。どちらでも好さそうであり、どちらもわるくなりそうにも思える。

 選んだのは竜を取る手で、これを見たとき、名人がやられるような気がした。読んでいるわけではなく、単なるカンである。

 ▲8六玉と追い返し、△8四金から△6六角までは必然。この次の▲9五玉は受けの好手だったが、△6七角と打たれた7図は、先手に受けがない、というより入玉できない形である。

佐藤丸山2

 その後は丸山が例の静かな手つきをつづけて寄せ切った。

 戻って、問題は▲3八同銀の場面だが、ここで▲9三角成とすれば、確実に入玉できる。しかし、入っても△3九竜から、このあたりの駒を全部取られてしまう。対して後手陣には取れる駒がすくない。結局、長引きはするが、駒数で先手が負けそうなのである。

 名人は瞬時にそう判断し、竜を取ったのだが、△9四金と打たれても、寄りはない、の直感もあった。その直感が誤っていたのだが、そこには早く勝負をつけたい、の気分があったような気がする。対して丸山八段は、負けなければ、いくら長くなってもよい。千日手も持将棋も辞さず、の気合であった。そういった気持の差が勝負を分けたのだろうと思う。

 丸山八段はますます強い。王座戦も決勝に進み、竜王戦、名人戦も挑戦者になるんじゃないか、の声もある。竜王戦はともかく、名人戦は来春のことで、いくらなんでも気が早いが、そのくらい、強いと認められているのである。

 終わってから、佐藤、丸山にM記者と私の四人で深夜喫茶(今はちがうヨコ文字の呼び方があるんだろう)に行き、しばし歓談を楽しんだ。名人が丸山君に兄貴分らしく振るまうなど、この二人が気の合う仲間だとはじめて知った。

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「丸山八段はますます強い。王座戦も決勝に進み、竜王戦、名人戦も挑戦者になるんじゃないか、の声もある」と書かれている通り、丸山忠久八段(当時)は王座戦と翌年の名人戦で挑戦者となる。(竜王戦は鈴木大介六段が挑戦者)

そして、丸山八段は名人戦で佐藤康光名人(当時)を破り、名人位に就くことになる。

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佐藤康光名人が丸山忠久八段に兄貴分らしく振る舞う、具体的にどのようなやり取りがあったのか興味深いところだ。

「何か困ったことがあったら、何でも相談してくれ」のようなことでは絶対にないと思うのだが。