先崎学四段(当時)「笑いすぎて疲れてしまったので、別室で羽生とバックギャモンをする。大勝。羽生が顔をしかめ、眉をつり上げて口惜しがる」

将棋マガジン1990年7月号、グラビア「第48期名人戦第3局 中原強攻突破、地元で再びリード」より。

 第48期名人戦第3局は、5月8日、9日、宮城県松島町の「松島センチュリーホテル」で行われたが、挑戦者の中原誠棋聖が谷川浩司名人を降し、2勝1敗と再びリードを奪った。

 相掛かり戦から中原が新趣向を見せたが、これが不発。2日目午前中には、早くも谷川優勢と控え室。

 しかし「中原さんは、きっとそんなに不利だとは思ってないよ」は、立会人の森雞二九段、青野照市八段の意見。局後、その点を問われた中原は「そう?悪いの?」と答え、一同大爆笑。

 ともあれ、中原の頑張りは凄まじく、エビ・カニと同じくらい谷川が大嫌いな入玉をちらつかせ、遂に逆転勝ちを収めたのであった。

将棋マガジン同じ号のグラビアより。大盤解説の島朗前竜王から「この局面から、君達が谷川名人の方を持って指したら、持ち時間が何分あったら勝てますか?」と聞かれているシーンと思われる。撮影は弦巻勝さん。

将棋マガジン同じ号のグラビアより。感想戦。撮影は弦巻勝さん。

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将棋世界1990年7月号、先崎学四段(当時)の第48期名人戦第3局現地レポート「敗因が分からない」より。

 名人戦を見に行こう、と思いたったのは、中原が挑戦者に決まったときだった。

 最近充実著しい中原の、生涯でもっとも成熟した時期の指し回しをこの目で見届けたかった。

(中略)

 観戦旅行の目的はというと(当然将棋の勉強が主なのだが、それだけではツマラナイでしょう)、バックギャモンをすることである。

(中略)

 一日目の夜は両対局者ともリラックスムードだった。二人とも僕らがやっているヘボな麻雀を眺めていた。絶対に自分ではやらないところがおもしろい(当然か)。

 二日目の控え室では、陽気なメンバーが揃ったため騒々しい。森、青野の両立会人は、昔、この二人に米長先生を加えて阿佐ヶ谷躁病連盟と名乗っていたことがある。この二人にカメラマンの弦巻さんや羽生、先崎などが加わり、いやはやうるせえうるせえ。酒がないだけで、ほとんど温泉旅行での宴会である。

 昼食を食べると、突然外が晴れていることに気づく。部屋のなかにずっといるため、そんなことに気が回らなかった。まったく不健康である。

 そこでせっかく松島まで来たのだから、少し外を散歩しようと話がまとまり、森、羽生、先崎、弦巻、『将棋マガジン』の中島さんの5人で、近くの島を一周する。

 島はなかなか大きく、ちょっとしたハイキングだった。ああ、外はこんなにいい天気だったのか―当たり前のことに感動する。たまりにたまったストレスが毛穴から抜けていくようだ。それに比べ対局室はストレスのかたまり。こんな日に将棋を指す手はない。ざまあみろ(でも名人戦には出たいな)。

 ハイキングから帰ると、バカに谷川のほうが優勢になっている。控え室は無責任のかたまりのため、いいたい放題。

「中原さん気でも狂ったんじゃない」

 などなど、バカなこといってみんなで笑いころげている。笑いすぎて疲れてしまったので、別室で羽生とバックギャモンをする。大勝。羽生が顔をしかめ、眉をつり上げて口惜しがる。愉快愉快。寿命が少しのびたような気がした。

(以下略)

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羽生善治竜王(当時)は将棋マガジンからの依頼で観戦記の仕事、先崎学四段(当時)と森内俊之四段(当時)はプライベートの旅行で宮城県・松島へ行っている。

立会人がギャンブル好きな森雞二九段であったことも、渡りに船だったろう。

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「中原さんは、きっとそんなに不利だとは思ってないよ」

中原誠十六世名人が、自分の形勢について非常に楽観的であることは有名な話。

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二番目の写真にあるように、羽生竜王が観戦記者として感想戦を間近で聞いているわけで、両対局者も内心はいろいろな意味で気になって仕方がなかったのではないかと思う。

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「羽生が顔をしかめ、眉をつり上げて口惜しがる」

羽生竜王が、将棋だけは感情を表情に出さないけれども、もともとは負けず嫌い、ということがわかる。

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この時の羽生竜王による観戦記など。

羽生善治竜王(当時)の観戦記(前編)

羽生善治竜王(当時)の観戦記(中編)

羽生善治竜王(当時)の観戦記(後編)

棋士による棋士の物真似