将棋マガジン1991年1月号、泉正樹六段(当時)の「囲いの崩し方」より。
さて、本題に入る前に、勝つための重要な一つの要素を考えてみます。
当然のことながら、将棋は相手と一手ごとに指し進める訳ですから、なかなか思い通りには行きません。
講座のテーマにある通り、囲いを崩さなければ、玉を討ち取ることはできませんが、時と場合によっては、その必要なく勝つこと(または負け)もあります。
どういったことかと言いますと、①に反則、②にうっかり、③④がなくて、⑤に油断。
よく、「ひどい二歩を打った」とか、「王様をただで素抜かれた」等の言葉を耳にします。
プロ、アマを問わず、①②のケースで負ける場合は、悔やんでも悔みきれませんね。
プロ間で9割方、勝っていた形勢の将棋を負けるのは、まさしく⑤の油断で、大抵「どこかで相手が投げると思った」「投げっぷりの悪さに負けた」など、自分の不手際を棚に上げ、相手を非難する言動に走りがち。
さすがに、棋士も人の子の訳ですから、愚痴の一つも言いたくなりますが、そこに油断があったのは、明らかな事実です。
必勝図は、今からおよそ14年前の香落ち戦。1級から、昇段の一番を迎えていた私に対し、中井将軍の夫、植山二等兵(当時二段)が相手。
昔は、「雀荘マサキ」で同居する仲でしたから、「兄キ、ゆるめてくれるなんてやさし過ぎる。そんなことじゃ、将棋の神様のお怒りにふれるぜ!」なんて思ってました。
それもそのはず、局面は圧倒的に私の優勢。と金をひたすら、押し寄せればよい、6二、7二、8二といった具合に。
時が来さえすれば、何の苦もなく栄光の初段。
そんな私の脳裡とは裏腹に、△5四飛の不可解極まりない一手が着手。
5二のと金と、5六の金の両取り(4九馬の利きがあるため)は、すぐ気づきましたが、8四の地点が空間になったのは全く気づかず、自信満々の手つきで▲6二と。
次の瞬間、植山さんが申し訳なさそうな態度で桂をつかんだのです。
△8四桂!!(地獄絵図)。
なんという浅はかさ。自玉の退路さえ作れば、勝利は不動の態勢。金銀5枚の鉄壁囲いも、飛び道具の前には何の役にもたちませんでした。
ちなみに、植山さんは、△3四飛の馬取り(ただ捨て)では、さすがの私も気づくと思ったそうです。
このように、勝ち切るまでは、「油断大敵」「勝ち将棋、鬼のごとし」との、心理面での格言も肝に銘じたいものです。
(以下略)
* * * * *
まさしく油断大敵。
△3四飛と指さずに、あまり刺激的ではない△5四飛としたのも、嬉しくなるほど芸が細かい。
* * * * *
油断大敵。
「どの局面から勝ちを意識しましたか?」という質問に対して、多くの棋士が投了数手前(ほとんど敵玉の詰みが確定したような段階)と答えるのも、最後の最後まで楽観はしない、油断はしない、ということが身体に刻まれているのだと思う。
* * * * *
雀荘マサキは、泉正樹八段の奨励会員時代に住んでいた部屋のこと。多くの棋士や奨励会員が麻雀などをやるために訪れていた。