谷川名人の弟弟子、と人から言われるのが何よりも嬉しかった井上慶太四段(当時)

近代将棋1984年11月号、池崎和記さんの第8回若獅子戦〔井上慶太四段-神吉宏充四段〕観戦記「関西流ケンカ将棋」より。

 神吉宏充四段(内藤九段門下)と井上慶太四段(若松六段門下)は、師匠が同門(故藤内八段門下)のせいか兄弟弟子のように仲がいい。年齢的にも体格的(?)にも神吉の方が兄貴分だが、四段になったのは井上の方が早かった。ともにタニケン(谷川研究会)のメンバー。神吉、井上に、有森浩三四段、浦野真彦四段を加えて”関西の四天王”という。奨励会時代、井上が二段の時に、三段の神吉は有森と並んで四段昇段の筆頭候補だった。が、先輩二人が激しいデッドヒートを演じている間に「お先に失礼!」とばかりに真っ先に四段に駆け登ったのがノーマークの井上。神吉と有森が地団駄踏んで悔しがったというエピソードがある。

 かんき・ひろみつ。ご存知、関西若手の名物男。今や、棋士としてよりも”突撃レポーター”として名高い。『将棋世界』に「関西若手はどないじゃい」という抱腹絶倒のレポートを連載中で、棋士のプライバシーをズケズケ書くものだから、読者には大ウケだが(筆者もその一人)、俎上にのせられる棋士の方は「今度は何を書かれるやら……」と、いつも戦々恐々の状態らしい(ホントかね?)。

 趣味も、その体重(110キロ!で棋界ナンバーワン)と同じくらい豪快で、何を思ったか最近、ン百万円の大枚をはたいて最高級レーザーディスクのフルセットを買ったそうな。その後の最新情報によれば「借金で首が回らず、ヒーヒー言ってる」ともっぱらの噂。

 将棋の方はどうか―。神吉と親しい浦野四段の話によると「なまくら四つの、定跡にこだわらない将棋ですね。人マネがキライ、というよりデキナイ棋風で、その個性的な将棋は”神吉流”とも”ヘンタイ流”とも呼ばれています。とにかくツヨイ将棋。もっとも私はまだ負けてませんけど……」とのこと。

 一方の、いのうえ・けいた。「ケイタ」の名前のイメージ通り、童顔で明るい性格の好青年。対局中はほとんど無口だが、ポカをやった時などに、突然「わしゃ、何をやっとるんじゃ!」と大声を発するクセがあるという。私生活はあまり知られていないが、谷川名人の弟弟子、と人から言われるのが何よりも嬉しいらしい(その気持ち、ワカル)。

 棋風は、攻守ともに安定した居飛車の本格派。童顔ゆえに「一見ヨワそうに見えるが」(浦野四段)、実は強く、外見とは裏腹に内面の闘志は相当のものがあるという。欠点は自分の形勢を悲観的に見ることと、勝負にわりあい淡白なこと。

(以下略)

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将棋世界1983年4月号、四段に昇段したばかりの頃の井上慶太九段。

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1984年当時、レーザーディスクプレーヤーが20万円以内だったので、「ン百万円の最高級レーザーディスクのフルセット」は、音響装置や大型画面やソフトなどを含んだものと思われる。

レーザーディスクは、1990年代後半、DVDに駆逐されてしまうことになる。

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「神吉宏充四段(内藤九段門下)と井上慶太四段(若松六段門下)は、師匠が同門(故藤内八段門下)のせいか兄弟弟子のように仲がいい」

このようなこともあり、神吉宏充七段は、井上慶太九段のエピソードを数多く書いている。

井上慶太五段(当時)の悪夢

井上流運転技術

「井上さん、ずっとそうしていなさい」

井上慶太八段(当時)「へ?そちらどなたはんでっか」

井上慶太六段(当時)の結婚

井上慶太五段(当時)の妹さん「ウソやろ」

 

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