将棋世界1989年6月号、読者の投稿欄「声の団地」より。
夫婦で家庭内日曜将棋を始めて4ヵ月。二人ともゲームが好きで色々やっていてようやく将棋にたどりつきました。将棋はオジサンの遊びだとばかり思っていましたが、やってみると面白いし、奥が深い。試行錯誤を楽しんでばかりはいられないので、基礎の勉強を始めたところです。
『将棋世界』は高段者向けの雑誌であると十分承知した上で、読み物やグラビアを中心に読ませていただいております。普通雑誌には無い趣きが感じられ、女性雑誌よりずっと面白いと思います。また本誌で、専門棋士の方々の存在とその実態を初めて知り、こんなに知的で魅力的な人間集団があったのかと驚き、すっかりファンになってしまいました。
将棋の情報は少ないので、グラビアやテレビ対局はファンにとって貴重な情報源です。私のような初心者はプロの読み筋など到底わかりませんので、対局の風流な雰囲気を味わって楽しみます。対局の写真をじっと眺めていると、いろんなドラマが見てとれ飽きないものです。
テレビ対局の観戦中もついつい要らぬ事を想像してしまいます。例えば、N氏は考える姿が大仏様のようだとか、Y氏はジャーナリストの顔をしているとかN氏は関西弁なしなら大学教授で通りそうとか、O氏は小児科医、M氏は音楽家、T氏は芸術家、I氏は落語家、N氏は時代劇俳優が似合いそうだとか、H氏はスプーン曲げ少年あるいは東大理工という感じ、M氏は浮世絵の役者絵あるいは坊っちゃんというイメージだなあ等々。指す姿が美しいと思うのはT氏。手の表情が優美だし、何より気品がある。見れば見るほどチャーミングな男性だと思う。
これ以上書くとこれだから女は困ると言われそうなのでやめておきます。ミーハーに徹する気はありませんが、こういう楽しみ方も時にはいいでしょう。
数ヶ月前までは新聞の将棋欄さえ気付かなかった私が、今では小さい記事でも見逃さないで見ています。知ると知らないでは大違いなのです。将棋を出会えたのはラッキーだったと思います。一生かけて勉強できるから、明るい老後が送れそうです。将棋愛好家への認識も変わりました。今後オジサマが将棋を指すのを見かけたら、敬意を込めて熱い視線を送ろうと思っております。
<山口県 Hさん 主婦 30歳>
* * * * *
投稿された方の人柄が伝わってくるような魅力的な文章だ。
* * * * *
「N氏は考える姿が大仏様のようだとか」
これは中原誠十六世名人と思って間違いない。
* * * * *
「Y氏はジャーナリストの顔をしているとか」
ジャーナリストのような顔というのが分野として確立しているのかどうかはわからないが、米長邦雄永世棋聖のことだろう。
* * * * *
「N氏は関西弁なしなら大学教授で通りそうとか」
内藤國雄九段だ。
* * * * *
「O氏は小児科医」
大山康晴十五世名人か大内延介九段ということになるのだろうが、大内九段は外科医っぽいので、大山十五世名人である可能性が高い。
* * * * *
「M氏は音楽家」
真部一男九段しか考えられない。
* * * * *
「T氏は芸術家」
長髪で髭の時代の田中寅彦九段とも考えられるが、田丸昇九段である可能性も否定できない。
* * * * *
「I氏は落語家」
石田和雄九段。
* * * * *
「N氏は時代劇俳優が似合いそうだとか」
これが一番難しい。
この当時のNがイニシャルの棋士は(既に出ている中原十六世名人、内藤九段を除く)、
西村一義九段、中村修九段、西川慶二八段、野本虎次八段、中田宏樹八段、中田功八段、中田章道七段、沼春男七段、中川大輔八段。
今なら中川八段がピッタリだが、この頃の中川四段はそのような雰囲気ではない。テレビや雑誌への登場が最も多かったのは中村修七段だが、中村七段も時代劇の雰囲気ではない。西村八段の可能性もあるが、眉が特徴的な西川六段、沼五段の可能性も残る。
* * * * *
「指す姿が美しいと思うのはT氏」
谷川浩司九段。この方は谷川ファンなのだろう。
* * * * *
「H氏はスプーン曲げ少年あるいは東大理工という感じ」
羽生善治九段だ。
過去のスプーン曲げ少年を調べてみると、メガネをかけた少年は皆無に近く、また、ユリ・ゲラーを含め棋士タイプでもない。
しかし、たしかに言われてみると、羽生五段(当時)は、手にスプーンを持って1秒以内に、あるいはスプーンを凝視しただけで5秒以内にスプーンを曲げてしまいそうな雰囲気を持っている。
同じ「東大理工という感じ」の佐藤康光四段(当時)と羽生五段の雰囲気の大きな違いは、スプーンを曲げそうに見えないか見えるかだと思う。
* * * * *
「M氏は浮世絵の役者絵あるいは坊っちゃんというイメージだなあ」
森内俊之九段。
以前、湯川恵子さんが森内俊之九段について「若いのに普段はとても朗らかで腰の低い人だ。写楽の役者絵のようなヒョウキンな顔していつもヒョコヒョコ、お辞儀しながら歩いてる風情なのですよ」と書いている。
坊っちゃんは、夏目漱石の『坊っちゃん』のこと。
袴に詰め襟のシャツの書生ファッションが似合いそうということだろうか。
* * * * *
山口県のHさんには、現代版もぜひ書いてもらいたいものだ。