佐藤康光竜王(当時)「最近読んだのは『マーフィーの法則』。羽生さんが読んだと聞いて」

将棋マガジン1994年4月号、木屋太二さんの「新竜王訪問記 ヴァイオリン、パソコン、桜もち」より。撮影は弦巻勝さん。

佐藤ストーリー

 佐藤康光は、昭和44年10月1日、愛知県名古屋市で、父秀夫、母節子の長男として生まれた。

 父親は中外製薬に勤めるサラリーマンで(米長名人が佐藤竜王をグロンサンと呼ぶのはそのため)、転勤が多かった。

 生後まもなく東京へ転居。さらに小学1年のとき京都へ。単身赴任ではなく、家族全員での移動。そのころには下に弟と妹が生まれ、家族は5人になっていた。

 京都府八幡市。大阪と京都の県境のニュータウンで佐藤は中学2年までの8年間を過ごす。将棋を覚えたのは、この京都時代。

「両親がこどもの習い事に熱心で、珠算塾や学習塾に通わせた。ヴァイオリンは4歳から。週1回、プロにレッスンをうけた。将棋との出会いは小学校。クラスではやっていて、自然と友だちと指すようになった」

 音楽少年が将棋少年に変わるのにそう時間はかからなかった。佐藤は近所の同好会に入り、足繁く通った。このころには将棋の本も読むようになっていた。

「将棋マガジン」で、田中魁秀八段の教室が枚方にあることを知った。幸い家から近い。京阪電車で3つ目だ。

「土、日には欠かさず行った。教室には大人もこどもも来ていた。阿部さん(隆六段)や長沼さん(洋五段)もいた。僕は小学4年でアマ4級。認定したのは福崎さん(文吾八段)で、当時四段か五段。二枚落を指してもらい、負かされた。それで『4級くらいやろ』ということになった。それからはもう将棋、将棋という感じで……」

 初めて小学生名人戦に出場したのは6年のとき。棋力はアマ二段だった。佐藤少年は全国大会を勝ち抜き、第3位に入賞。この年(昭和56年)の優勝者は高谷新也君。2位は中井広恵現女流名人。3位は佐藤康光現竜王と畠山成幸現五段。高谷君はプロ入りしなかったが、あとの上位3人は現在プロ棋界で活躍中。思えば、きら星のようなメンバーが揃っていたわけだ。ちなみに、羽生善治四冠は翌年の大会で小学生名人になっている。

 中学1年。関西奨励会を受験。これを5勝1敗でクリア。

「6級で入会。当時はプロを志すといった重大な決意じゃなかった。将棋を指していた流れで、自然に奨励会に入ったという感じ。プロを意識したのは入会してしばらくたってから」

 1年後には2級に昇った。順調な昇級ペース。

「そのころ、また父親が転勤することになって東京の多摩市に引っ越した。奨励会も関西から巻頭へ移籍。当時の気持ちとしては、環境が変わるので嫌だった。東京の将棋会館には行ったことがなかったから」

 東京の奨励会へ移って感じたことは、まず、人数の多いこと、次に自由な雰囲気だったと言う。関西は、お茶のいれ方から駒の磨き方まで、しつけが厳しかった。

「大阪では同じ相手と1年に5回くらい当たった。東京は1年に1回くらい。ずいぶんちがうものだなあと思った。同世代の人も多かった。羽生さん、森内さん、郷田さん、同期入会という意味では、木下(浩)さん、豊川さん、小倉さん、飯塚さん。対戦はなかったが、中井さんや林葉さんもいた。とにかく人が多いのでびっくりした」

 59年7月初段。1年半かかって二段に昇段。この時期が一番苦しかったどうだが、あとは快速ランナー。三段から四段までは13勝1敗と勝ちまくった。当時の規定は13勝4敗で昇段だから、いかに佐藤が強かったか分かる。

 62年3月四段。初参加の順位戦は8勝2敗。翌年8勝2敗でC級1組へ昇級、五段となる。以後の活躍は周知の通り。平成4年六段。平成5年七段。その間、第31期王位戦の挑戦者、第9回、第10回早指し新鋭戦優勝、そして第6期竜王位へと佐藤ストーリーは続く。

「まだまだこれからです」と佐藤竜王。物語は始まったばかりだ。

竜王とのQ&A

Q.奨励会は4年ちょっと。長かった?

A.まあまあ。高校2年で四段になったから。

Q.高校は?

A.私立の国学院高校。連盟に近いという理由だけで選んだ。

Q.当時、羽生さんとの対戦は?

A.羽生二段・佐藤初段の香落を1局だけ。負け。

Q.よく指したのは?

A.森内さんと櫛田さん。櫛田さんとは昇段ペースが一緒だった。

Q.性格は?

A.淡白。

Q.食べ物は?

A.好き嫌いなし。子どものころナスが嫌いだったが、田中先生に訊かれてその日に食べさせられた。

Q.お酒は?

A.付き合い程度。紹興酒がだめ。強くない。

Q.読書は?

A.最近読んだのは「マーフィーの法則」。羽生さんが読んだと聞いて。

Q.趣味は?

A.ゴルフと野球。ゴルフはすでに頭打ち。野球は連盟のキングスのメンバーだがポジションはなく、引退間近。

Q.車は?

A.免許を取りたいが、なかなか……。

Q.パソコンは?

A.昔から持っていた。以前はゲームをやったが今は将棋だけに使っている。目が疲れるので盤と並用。この方法だと指先に伝わるものがある。現在、棋譜データベースの会に入っている。

Q.棋風は?

A.先行逃げ切り。最近は特に意識していない。

Q.島研については?

A.二段のとき、島さんが誘ってくれた。初めは島、森内、佐藤の3人。すぐあとに羽生さんが入った。

Q.島研のやり方は?

A.月1回4人で2局。持ち時間は1時間。秒読みは1分。実戦のあと各自が最近の将棋を並べ、批評しあう。今は全員忙しくなって開店休業中。

Q.メンバーの寸評を聞かせてください。

A.島さんは研究熱心。バランスがよく、何事もキチンとしている。羽生さんは緻密、すきがない。森内さんは柔軟で粘り強い。典型的な勝負師タイプ。

Q.影響をうけた棋士は?

A.中原先生と米長先生。よく棋譜を並べた。それ以前の将棋はほとんど知らない。

Q.大山、升田は?

A.全然知らない。最近勉強している。

Q.竜王になって変わったことは?

A.取材が増えた。プライベートの質問が多いので、自分は本当に将棋指しなのかと思うことがある。

Q.対局は?

A.月に4、5局。今年が一番多い。これからは減りそう。

Q.師匠について。

A.気さくな先生。奨励会時代、100番以上教えてもらった。「1期でも長くタイトルを防衛するように」と言われた。

(中略)

Q.新手の勝利で竜王位獲得。われわれファンは、佐藤さんの男性的かつ立体的な将棋を存分に堪能させてもらいました。フィーバーはまだ続いていますが、タイトル戦を終わった現在の心境は?

A.就位式も済み、一区切りついてホッとしているところです。

(以下略)

* * * * *

「初めて小学生名人戦に出場したのは6年のとき。棋力はアマ二段だった」

この頃の佐藤康光少年の好きな戦法は石田流だった。

佐藤康光王将の子供の頃の得意戦法

* * * * *

「東京の奨励会へ移って感じたことは、まず、人数の多いこと、次に自由な雰囲気だったと言う。関西は、お茶のいれ方から駒の磨き方まで、しつけが厳しかった」

この辺りのことについては、以前の記事でも語られている。

佐藤康光四段(当時)「少し感染されてきてるかもしれないですね」

* * * * *

「羽生二段・佐藤初段の香落を1局だけ。負け」

佐藤康光九段が関西デビューだったため、羽生善治九段との奨励会時代の対局は1局だけしかない。

羽生善治二段と佐藤康光初段の初対決

* * * * *

「子どものころナスが嫌いだったが、田中先生に訊かれてその日に食べさせられた」

翌日からという説もあるが、どちらにしても、田中魁秀八段(当時)宅で連日ナスを出されたという。

私は昔からキュウリが苦手だが、子供時代に毎日キュウリが出てきたら、毎日泣きながら世を儚んだことだろう。

特に子供時代は、よほど意志を強く持たなければ、食べ物で苦手なものは克服できないと思う。

佐藤康光少年「ハイ、茄子が嫌いです」

* * * * *

「昔から持っていた。以前はゲームをやったが今は将棋だけに使っている」

写真を見ると、昔のパソコンはこれほどマウスのケーブルが長かったのかと驚いてしまう。

マウスが床に置かれてあって使いづらそうだが、Macintosh以外のパソコンがマウス操作主体になるのはWindows95以降のことになるので、 特に支障はなかったと思われる。

* * * * *

「最近読んだのは『マーフィーの法則』。羽生さんが読んだと聞いて」

次の記事で、佐藤竜王は羽生四冠が『マーフィーの法則』を読んだことを知ったのだと考えられる。

将棋マガジン1994年2月号、羽生善治四冠(当時)の「今月のハブの眼」より。

 最近、『マーフィーの法則』という本を読みました。

 全米でベストセラーになった本なので、ご存知の方も多いと思います。読みだしたらとても面白く、一気に最後まで行きました。

 途中で何度か笑ってしまう所があったのですが、ハッハッハと笑うのではなく、ニヤリと笑うタイプのものです。いくつか気に入ったのがあるのでそれを挙げます。

”絶好のチャンスは最悪のタイミングでやって来る”

”「できるわけがない」という人は、それをやっている人の邪魔をしてはならない”

”早く行くと、中止になる。時間どおりに行くと、待たされる。ちょっとでも遅れると遅すぎる”

 さて、今月の1局目は11月16、17日に行われた、竜王戦第4局から。

(以下略)

* * * * *

なんといっても、11月16、17日に行われた竜王戦第4局は、佐藤-羽生戦で、佐藤竜王がこの記事を読まないはずがない。

羽生四冠が『マーフィーの法則』を読んだと知って、すかさず『マーフィーの法則』を読むところが、まさに勝負師魂の現れだ。

 

タイトルとURLをコピーしました