木村一基三段(当時)「もう来年は(四段に上がって)出たくないですね」

将棋世界1996年6月号、小林宏六段(当時)の「東西奨励会成績」より。

将棋マガジン1995年6月号

 3月下旬に2年前から恒例となっている「奨励会トーナメント」が行われた。例会とは別なので自由参加にしているが、優勝賞金5万円を目指して7級から三段までのほぼ80%が、20分30秒で一日将棋に明け暮れた。第1回の優勝者が大平二段(当時初段)で第2回の優勝者が木村三段だったが3度目の今回、なんと大平-木村の組み合わせで決勝となった。二人とも当然といった顔つきで決勝戦が始まったが、これはなかなかすごい確率だと思う。第1回は二段以下としたのだが、第2回第3回と参加人数60名前後のトーナメントだったのだ。結局優勝は木村三段で見事V2。第1回目は出場していないので、2年間にわたり負けなしの全勝ということになる。さすがに嬉しそうな顔をしていたが、笑顔で賞金を受け取ったあとの一言「もう来年は(四段に上がって)出たくないですね」というのが正直な気持ちだろう。

(以下略)

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木村一基九段は15歳で二段と、かなり早いペースでの昇段だったものの、17歳の時に三段に昇段し、この頃は三段リーグ11期目の時だった。

翌期の三段リーグでは最終局で頭ハネとなり昇段を逃す。

1996年三段リーグ最終局

四段昇段は、更にその半年後のこととなる。

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奨励会トーナメント2年連続優勝など、木村一基三段(当時)は実力を充分に蓄えていたけれども、四段になるまでに少し時間がかかった。

四段になってからは、それらを取り戻すかのように猛烈に勝ち続け、「高勝率男」と呼ばれるようになる。