村山聖八段(当時)「羽生さんの昨今を見ていて、将棋のことだけで言えば、常に新しい敵を求めているように見えます。勝敗を争う、その緊張感を追い求めている感じもします」

将棋マガジン1996年6月号、村山聖八段(当時)の「第54期名人戦七番勝負開幕 羽生VS森内、燃えるライバル対決」より。インタビュー・文は駒野茂さん。

将棋マガジン1995年12月号より、撮影は弦巻勝さん。

第一人者の風格

 羽生さんの昨今を見ていて、将棋のことだけで言えば、常に新しい敵を求めているように見えます。

 勝敗を争う、その緊張感を追い求めている感じもします。

 新手(あらて)と当たれば当たるほど、自分の技を磨き上げていく。今現在の羽生さんの成績をみれば、あながちうがった見方とはいえないでしょう。

 人間的には、うーん、あまりしゃべったことがないのでよく分かりませんが、数年前と比べても変わってないんじゃないですか。

 ただ、第一人者としての風格というんですか、そんなものを感じます。自信に満ちあふれている、堂々としている姿が、自然に無理なくできる。

 きっと、これまでにこなしてきた大舞台から、自然に備わったのかもしれません。

森内流は

 森内さんは棋風も日常の感じもほとんど変わらない。まあ、棋風というのは人生観みたいなものですから、そんなに変われるものではありませんけど。たまにですが、マージャンを打ちます。相当に負けず嫌いなのは打っていてわかります。

 棋風は正統派に近い将棋。近い、というのが森内流で、正統派にありがちなひ弱さがないのです。

 一方で正統であり、もう一方では言葉は悪いのですが、博打打ち的で一種野性的な面も持っていると思うのです。時々、えっと思わせる力強い勝負手を放ってくることもしばしば。森内流には油断は禁物です。

面白い事実

 羽生さんと森内さんは名人戦の前まで15戦して、羽生さんの9勝6敗の成績です。この二人、公式戦では15局ですが、さかのぼって奨励会時代、小学生の頃から数えたら、この局数よりももっと多く戦っているのではないでしょうか。

 私は関西方面に住んでいたので、二人の小さい時のことはまったく分かりませんが、棋譜を並べてみた感じでは、両者は共にお互いを知りつくしているように思えるのです。

 それとライバル意識の強さ。特に森内さんの方により強く感じます。

 それを感じたのが、昭和63年1月14日に行われた天王戦での一局。今、先手が▲6八角(1図)と打った局面。ここはすでに羽生さんの必勝形。図で、森内さんは投了か、と思いましたが、

1図以下の指し手
△5三飛成▲2四角△2三金▲5四歩△7三竜▲7四歩△4三竜▲3三銀△同桂▲同歩成△同金▲3五桂△2四金▲4三桂成△同金▲5二角△3九角▲4三角成

 1図から18手進んで後手投了。

 指し手を見て、ただ粘っただけとは思えないのです。森内さんも、相手が羽生さんでなかったなら、最終手まで行くことなく投了していたと思うのです。羽生さんだからこそ、ここまで指したのではないでしょうか。

 羽生さんも、対森内戦に関して言えば、ハッキリとした意志を持って戦っているようです。相手によって、棋風というか攻めの強さを変えるのでは。というのは、すべてとは言い切れませんが、両者の対戦の図式が、羽生さんが攻勢、森内さんが守勢と分かれている点です。

 2図は、昭和63年10月14日に行われた第37期王座戦。目を引くのは、後手番にもかかわらず△5三銀と上がったことです。

 本局だけなら、積極的な指し方を見せた羽生流、という見方になるのでしょうけれど、これだけではないのです。

 3図は、昭和63年10月25日に行われた第19期新人王戦三番勝負第1局。本局も同じ積極策で、同一局面。

 そして平成4年9月19日に行われた第42期王将リーグの千日手指し直し局。序盤早々から、またしても後手の羽生さんが早い銀の繰り出しを見せました。

 特にこの王将リーグの戦いは、千日手指し直しを2局も指すという大熱戦。決着がついたのは、日付も変わった翌20日の午前3時40分でしたから、その闘志のすごさに驚かされます。

 森内さんのライバル意識の強さもさることながら、羽生さんの闘争心のすごさも並ではないように思いました。両者の攻撃・守勢のバランスは、羽生さんの攻め、森内さんの守りと前に話しました。総じて羽生さんの6・4くらい。それが、指し直し2局目の決着局に関して言えば、羽生さんは攻勢7で、森内陣に襲いかかったのです。さらに、より強烈に。

 二人の負けん気が、窺い知れました。

 こんな話も耳にしました。まだ小さい頃、両者が対戦する機会があって、その時に森内さんが初手▲5八飛としたら、羽生さんも△5二飛とすぐ指したという逸話があるくらいですから。

 とりあえず、宿命の対決と言っておきましょう。

七番勝負について

 両者の図式が羽生さんの攻勢、森内さんは守勢と書きました。勝敗のつきかたも、一つのパターンがあるように思います。

 攻めが無理筋で、それをしっかり受け止めた場合はあっさり森内さんが勝っています。短手数での決着が多かったんじゃないですか。

 逆に羽生さんは一気に攻めから押し出す感じ。こちらも短手数で勝負がついています。

 現状の対戦成績は、羽生さんの9勝6敗ですが、平成7年10月9日に行われた王将リーグは、結果的に羽生さんが勝ちましたが、内容は森内さんの必勝形。大逆転の結末になった訳ですから内容的に見た感じでは8勝7敗でほぼ五分と言っていいと思います。それだけ二人の技量は拮抗していると見てとれるのですが。

(中略)

 戦型は、森内さんの先手なら角換わりじゃないかな。この戦法に割と合っているようだし。それか矢倉。ヒネリ飛車はあまり向かないような気がします。やはり、ジリジリと厚みを生かす戦法の方が得手なのではないかと思います。

 羽生さんは、自在なので何をやってくるか分かりません。先手、後手番でも違いますし、振り飛車か矢倉かそれとも…。ただ、どんな戦法を採用したとしても、面白い戦いを見せてくれるでしょう。

 森内さんはタイトルに初挑戦。それも、名人戦という大舞台ですからプレッシャーとの戦いの方が勝負かもしれません。2日制の対局、その他諸々のことで、とまどいがあると思います。

 それと森内さんは持ち時間の短い将棋や、トーナメント戦の方式を得意とするタイプなので、初舞台、初経験の戦い振りに注目したいです。

 羽生さんは、うーん、新婚というのが不安な点? 何とも言いようがありません。生活環境が変わったことは確かですが、それがどう出るのか。ただし、よりプラスに作用したら、森内さんはつらいかも。二人がかりですから。

 それはともかく、今までとはまた違ったプレッシャーがかかるのは間違いないでしょう。

 小さい時からお互いを知りつくしている二人です。盤の前の座った時には、何かお互いに感じるものがあるのではないですか。ビリッ、と電気でも走るような。きっと、すごい勝負になると思います。

将棋マガジン1995年12月号より、撮影は弦巻勝さん。

将棋世界1996年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

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村山聖八段(当時)の分析が非常に鋭い。

羽生善治七冠、森内俊之八段と同世代であり、二人と何度も対戦しているからこその実感。

村山聖八段から見て、この時点までで対羽生七冠戦は5勝5敗、対森内八段戦は7勝3敗という戦績なので、説得力も大きい。

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「羽生さんの昨今を見ていて、将棋のことだけで言えば、常に新しい敵を求めているように見えます。勝敗を争う、その緊張感を追い求めている感じもします」

このことは現在も続いているのではないかと思う。

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「棋風は正統派に近い将棋。近い、というのが森内流で、正統派にありがちなひ弱さがないのです。一方で正統であり、もう一方では言葉は悪いのですが、博打打ち的で一種野性的な面も持っていると思うのです」

とても感動的な表現。村山聖九段がもっと長く生きていていてくれれば、数々の素晴らしい自戦記、観戦記、評論を見ることができたのだと思う。

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「指し手を見て、ただ粘っただけとは思えないのです。森内さんも、相手が羽生さんでなかったなら、最終手まで行くことなく投了していたと思うのです。羽生さんだからこそ、ここまで指したのではないでしょうか」

「本局も同じ積極策で、同一局面」

最後まで投げない森内八段と、同じ形を繰り返す羽生六冠。

意地と意地のぶつかり合い。

まさに「二人の負けん気が、窺い知れました」。

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村山聖八段は、羽生七冠は対森内戦ではにわかに凶暴になる、とも表現している。

対森内戦になるとにわかに凶暴になる羽生七冠(当時)

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「こんな話も耳にしました。まだ小さい頃、両者が対戦する機会があって、その時に森内さんが初手▲5八飛としたら、羽生さんも△5二飛とすぐ指したという逸話があるくらいですから」

これは有名なエピソード。

羽生善治五段(当時)「いえ、森内君の妹にはかないません」

羽生名人が語るカニカニ銀

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「羽生さんは、うーん、新婚というのが不安な点? 何とも言いようがありません。生活環境が変わったことは確かですが、それがどう出るのか。ただし、よりプラスに作用したら、森内さんはつらいかも。二人がかりですから」

村山聖八段らしいような、村山聖八段らしくないような、面白いコメントだ。

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「小さい時からお互いを知りつくしている二人です。盤の前の座った時には、何かお互いに感じるものがあるのではないですか。ビリッ、と電気でも走るような。きっと、すごい勝負になると思います」

格好いい。

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2枚の写真(羽生-村山戦、森内-村山戦)とも、村山聖八段が敗れた時のもの。

やはり、写真だけではどちらが勝ったか分からない場合が多いのが、将棋の世界。