中原誠十六世名人が「最も印象に残るタイトル戦」という、1972年の名人戦の第2局。
これは「大山の△8一玉」として有名な一局。
先手が中原挑戦者、後手が大山名人。
大山名人の中飛車、中原挑戦者の棒銀。
大山名人、袖飛車に転換して、玉頭攻撃。
中原挑戦者の▲4五歩から攻め合い。
激闘。大山名人の玉が涼しい状況。
これが有名な局面。7二にいた玉が、▲7三飛に対して8一と引いた。
この対局の大盤解説は、内藤国雄八段(当時)と有吉道夫八段(当時)が行っていたが、8一玉の直前までは「中原勝ち」と解説。
当時の将棋世界の内藤国雄八段の観戦記より。
「対局場からの指し手の連絡が遅いので或いはーと思ったが、研究対象外の△8一玉にいざ取り組んでみて、これが先手負けになっているのには驚いてしまった」
誰もが予想していなかった手。
いかにも危ない場所だ。
しかし、この手以外では寄せられてしまうらしい。
それとともに、この手で、中原挑戦者は何手も遅れてしまう。
以下、棋譜だけで申し訳ないが、
▲8三飛成△8二歩▲7三桂不成△7一玉▲6一桂成△同銀▲7二歩△同銀▲5三竜△6一銀打▲7四桂△6九と▲同金△7五桂以下、大山名人の勝ち。
大山名人らしいとしか言いようがない、伝説的な一手。