「井口昭夫 将棋観戦記選集(上)」を読む

今週の日曜日の記事で紹介した「井口昭夫 将棋観戦記選集(上) 」を読んだ。

どの観戦記も、棋士の様子や会話が活き活きと描かれており、また指し手についても棋力の高くない人でも理解できるようなわかりやすい解説。

なにより、当時の対局室の雰囲気や大勝負の機微がそのまま伝わってくる。

対局の最中に、会話をしたり独り言を言ったりする棋士が今よりも多かったのだろう。

第1回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞を受賞したのは、上巻に収録されている1988年A級順位戦、米長邦雄九段-加藤一二三九段戦。

観戦記の紹介文より

『終盤のカラ咳や、秒読みの最中に頻繁に残り時間を尋ねるなど「奇癖」で知られる加藤と、何事にも動じず自己主張を貫く米長。互いに我が道を行く二人の振舞いに、対局室の緊張は極に達する。そして最終盤に飛び出す驚愕の一手。盤上と盤外で繰りひろげられるドラマを見事に活写し、第1回将棋ペンクラブ大賞を受賞した名観戦記』

山口瞳氏が「出来の良い短編小説のようだ」と評した作品。

私も今回はじめて読んだが、盤上も盤外もスリリングで、まさしく面白い短編小説のようだった。書きにくいことも踏み込んで描かれている。エンディングも秀逸。第1回将棋ペンクラブ大賞にふさわしい観戦記だと思う。

そして、この観戦記に勝るとも劣らないと思ったのが、巻頭の1985年名人戦、中原誠王将-谷川浩司名人戦。

中原王将が名人復位を決めた一局。

対局室の中で自分も観戦しているような気持ちになることができる。中原、谷川両棋士の描き方、立会人の原田泰夫九段の台詞、すべての雰囲気が良い。また、理解できなかった中原流歩越し飛車の真髄を理解できたような感じにもなれる。

上巻を読み終えて、「はじめに」に書かれている編集室の文章

『盤をはさんで火花を散らす棋士の一挙一投足をつぶさに観察し、ふと口にするぼやきやため息を聞き逃さず、対局者本人はもちろん、周囲の棋士に綿密に取材し、読者に伝えるべき情報は細大漏らさず書いた。誰からも慕われる温厚な人柄で、柔和な表情を決して崩さなかったが、胸の内には記者魂が熱く流れていた。むろん、その奥底に、棋士に対する敬意と、将棋に対する限りない愛があったことは言うまでもない』

のとおりだと思った。

巻末の河口俊彦七段の解説も興味深い。