大沢在昌さんのサスペンス小説「走らなあかん、夜明けまで」には、関西将棋会館と今は無くなってしまった将棋博物館が舞台として登場してくる。
主人公は坂田勇吉という東京の20代の会社員。
坂田勇吉は坂田三吉と一字違いの名前だったので、子供の頃から将棋が好きだったし、坂田三吉に憧れを抱いていた。
その坂田勇吉が大阪に出張することになった。生まれて始めての箱根以西。
前日の午後に大阪に到着した坂田は、関西将棋会館内の将棋博物館へ行こうと思い立った。
将棋博物館にいき、坂田三吉にまつわる何がしかのものを見て、記念になるような土産を買えればという考えだった。
大沢在昌さんによる関西将棋会館の描写。
歩きだして二、三分で、将棋会館の前にでた。あっけないほど近かった。
五階建てのビルで「関西将棋会館」と記されている。入り口の前に看板があり、
「一階売店、二階将棋クラブ、三階事務所、四階博物館、五階対局場」とあった。
(なんだ簡単だったじゃないか)
緊張がゆるむのを感じた。ガラス扉をくぐって、中に入る。
内部は空調がきいているのか、冷んやりとしていた。細長い廊下があり、右手前に売店が、左奥に受付らしい窓口がある。
廊下に人けはなく、静かだった。
坂田は売店をのぞいた。
入って左側と右横にガラスのショウケースがあり、左奥には全集などをおさめた本棚がある。ショウケースには棋盤、駒箱などのほかに扇子、色紙が陳列されていた。それぞれ、各名人の手になる文字の複写が印刷されており、扇子には「則天去私」「気宇広大」「一歩千金」などの言葉が、色紙には「動中静」「闘志」などといった文字が並んでいる。
ここで坂田は、「馬」と記された坂田三吉の扇子を買う。
そして、将棋博物館のある四階へ向う。
エレベーターが四階で止まり、扉が開いた。踊り場に古いソファと自立式の灰皿がおかれている。
右手に開かれた部屋があり「資料展示室」とあった。
博物館という言葉から、何室にも渡る展示室を想像していた坂田は拍子ぬけした。
(なんだ、これだけか)
展示室に入った。中には誰もいない。展示室だけではなく、どうやらこの四階には誰ひとりいないようだ。
まず古い新聞の拡大写真が目についた。坂田は歩みよった。昭和十二年二月十二日の読売新聞で、
「よくも戦ひたる哉」という見出しが目にとびこんでくる。
「坂田、木村の両雄」とあって、「ああ死闘! 聖盤に砕く肝膽」とつづいている。今の新聞に比べるとかなりセンセーショナルな記事の書き方だ。
坂田は床にアタッシュケースを置き、その記事に見入った。
この後、坂田が他の展示物を見ているうちに、間違ってアタッシュケースを盗まれてしまう。取り戻そうとする坂田だが、このアタッシュケースはヤクザの手に渡ってしまう。
大事な会社の資料が入ったアタッシュケースを極道たちの手から取り戻すために、坂田は大変な目に遭うことになる。
後半にも将棋がらみの伏線が多少張られている「走らなあかん、夜明けまで」は、非常に面白く読める本だ。
走らなあかん、夜明けまで (講談社文庫) 価格:¥ 620(税込) 発売日:1997-03-13 |
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将棋博物館に展示されていたという記事は、木村義雄八段と坂田三吉八段の「南禅寺の決戦」。
肝膽は現在では肝胆と表記する。
それにしても、「ああ死闘! 聖盤に砕く肝膽」は嬉しくなるほどセンセーショナルな表現だ。