難度の高い観戦記

昨日の記事の朝日オープン将棋選手権戦決勝第2局の、もう一つの舞台裏。

近代将棋2004年7月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。

4月某日

 大阪の料亭「芝苑」で朝日オープン将棋選手権戦の決勝第2局を観戦。立会人は有吉九段、棋譜解説は井上八段、記録係は有吉門下の本田三段という布陣である。

 新聞観戦記は全12譜で、掲載は翌日から--。朝日新聞の担当者から事前にそう言われていた。全12譜というのは通常の倍だが、この分量はありがたい。指し手以外のこともいろいろ書けるからだ。

 きついのは原稿の締め切りで、当日の昼過ぎまでに第1譜を、午後5時までに第2譜を書き上げなければいけないこと。つまり対局が始まり、何手で終わるかわからない段階で譜分けをし、かつ原稿を仕上げなければいけないのだ。これが結構大変である。

 一番神経を使うのは譜分け。全12譜と決まっているから長手数になれば対応は楽だが、短手数で終わるかもしれない(千日手の可能性もある)。後者の場合、例えば第1譜と第2譜で指し手をあまり進め過ぎると、あとで困ることになる。

 といって短手数も想定して、ありふれた序盤の指し手を細分化するのも気が進まない。駒組みが何譜も続いて退屈するのは読者である。だから書き手としては、序盤はできるだけ飛ばして早く戦いの始まる局面に持っていきたい。そこから形勢が二転三転し、最後にあっと驚くドンデン返しが待っていれば最高である。

 第2局は横歩取り中座飛車になった。この戦形は80手前後で終わるのが普通で、100手を超えるのは泥仕合になったケース、と思っていい。僕は「60手ぐらいで終わることのないように」と祈りつつ、第1譜を22手目までとした。途中図は△8五飛(これで戦形がはっきりする)で、指了図が△2二銀である。

 結局、この将棋は81手で終局し、手数に関しては読み筋通りになった。1勝を返してタイに戻した深浦さんは、感想戦でもずっと厳しい顔をしていたが、打ち上げのときはさすがにほっとした顔を見せていた。

 その打ち上げ会場に神吉六段がやってきて、深浦さんを外に連れ出していった。たぶん、北新地で祝杯を挙げるつもりだろう。この2人、飲み友達なのだ。神吉さんに「朝まで飲むんでしょうね」と言ったら、「当たり前じゃないですか。帰しまへんでェ」。

 朝日関係者とバーへ。羽生さんも一緒だ。勝っても負けても態度が変わらないのが羽生さんの素晴らしいところで、周囲に気を遣わせない。僕はワインを飲みながら羽生さんとチェスの話をした。

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観戦記に限らず何か書こうという場合は、何日間か頭の中で筋書きを熟成させてから書き始めることが多いと思う。

ところがこのケースでは、起承転結の承転結が定まっていない段階で書き始めなければならないわけで、相当に厳しい条件だ。

そのような悪条件の中、池崎さんが書いた第2局の観戦記は素晴らしい出来上がりになっている。毎回、エピソードと棋譜の解説のバランスが良く、次の譜を読むのが楽しみになるような内容だ。→池崎さんの観戦記(asahi.com)

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この対局が終了した時刻が16:45。感想戦は18:00には終わっているはずだ。打ち上げが18:30開始としても、20:30頃には終了。

神吉六段が20:20頃に深浦挑戦者を外に連れ出したとして、北新地まで歩いて10分ほど。

神吉六段と深浦挑戦者は20:30から翌朝まで北新地で飲んでいたことになるのかもしれない。

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