三浦弘行棋聖(当時)の目隠し将棋

先崎学八段の2001年に刊行されたエッセイ集「フフフの歩」より。

 十一月某日-翌日は、加藤治郎名誉会長のお葬式である。寝たのが三時ぐらいで、十時に起きたのだから充分に寝たはずなのだが、眠くて仕方がない。

 葬式というのは、もちろん悲しいものであるのだが、功なり名を遂げて大往生した人の葬式の場合、妙に明るい雰囲気ができることがある。そういう時の故人は、決まって明るい人柄である。千人近い人が集まったこの日の葬式は、まさにそんな感じだった。葬儀委員長の原田先生は、原田の話はいつも長いといわれるのだが、といいながら、内弟子時代の話を朗々とされた。

 原田門下の近藤君と地下鉄の駅に向かっていると、偶然、鈴木大介君と中田宏樹さんに会った。鈴木君に、あれ、随分早く出たはずなのにどうしてたのと訊くと、驚いた答えが返って来た。

「いや、三浦先生と一緒だったんですけど、歩きながら目隠し将棋をやろうといわれまして・・・・・・」

 お昼時、空は晴天である。しかも、彼も昨日は僕と一緒に順位戦だったのだ。おそるべき向上心。

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将棋世界1997年8月号、産経新聞の保坂勝吾記者の「みちのく決戦」より。

 棋聖戦五番勝負の夏がまたやって来た。ふと羽生七冠王から三浦棋聖が初タイトルを獲得した一年前の興奮がよぎる。そして気が付けば、挑戦者として現れたのは羽生ではなく、にこにこと少年のように笑いころげる屋敷伸之七段だった。

 七冠王を倒した三浦棋聖と、十八歳で史上最年少で棋聖位を獲得した元棋聖の五番勝負。何より、両者ともこと将棋に関しては我が道を貫く独創派だ。生活スタイルも、将棋の勉強の方法も全く正反対というのがおもしろい。何が飛び出すかわからない。

 第一局は青森県三沢市で行われた”みちのく対決”。前日は新緑の奥入瀬渓流や十和田湖を見学したふたりは、前夜祭のあいさつで「こんな素晴らしい自然に囲まれて幸せです。あまり将棋を指したくない」「ゆっくり温泉につかっていたい」と”対局拒否”の決意表明でわかせたが、立会人の田中寅彦九段が「とんでもない。ほんとはふたりとも一刻も早く盤の前に座って、将棋が指したくて仕方がないんです。そして絶対に勝ちたいと念じているはずです」と”解説”した。

 そう、ふたりは将棋の虫なのだ。前日の観光中もバスの最後尾で、名人戦最終局の話に熱中していた。谷川将棋の復活に感心し、変調の羽生将棋に何が起こったのか。三浦は夕食休憩の段階で、羽生勝ちを予想して寝てしまった。屋敷も翌日谷川勝ちを知って驚いたという。将棋の話をしているふたりは楽しそうで、とてもあす大一番を控えているようには見えなかった。

 だが、いったん盤の前に座ると変身する。三浦は両手を組んでうなだれて瞑想。屋敷は背筋を伸ばして天井を見上げる。息苦しくつらそうに見える。

(中略)

 おもしろいのは、屋敷は全くこの将棋のことを知らなかった。最近の若手は、対戦相手の将棋をパソコンで検索し、対策と研究に利用しているらしい。

 独学派の三浦は早くからパソコンを利用しているが、「検索した棋譜を画面ではなく、盤に並べて次の一手を自分なりに納得のいくまで考える。それも一日十時間、朝起きてから寝るまで続けたのが三浦棋聖です。対する屋敷七段は1日1分。競艇の予想が載っているスポーツ紙の詰将棋を勉強するだけだそうです」と田中九段がユーモアたっぷりにふたりの紹介をしていた。

(中略)

 普段は寒がりのはずの三浦だが、首のあたりに汗が光り、着物の前ははだけたまま。切れ長の目がらんらんと輝いている。「目もとが若いときの升田幸三に似ている」と言ったのは昨年の最終局の立会人だった原田泰夫九段。風貌が武蔵(たけぞう)時代の宮本武蔵を連想させると話題を呼んだが、和服姿がすっかり板につき、野性味もたっぷり。

 いっぽうの屋敷も、日焼けした顔が火照り、握った拳を口にあてて盤上をにらむ。腰をかがめてゆっくりと身体を前後にゆする。意外な勝負手を放つため”忍者流”といわれるが、本意ではないようだ。だれもまねのできない、独創的な世界を盤上に描きたいのだという。

(中略)

「楽観していました」と汗を拭いながら唇をかむ三浦。「いやあ危なかったです。運がよかっただけです」と屋敷。

 翌朝、屋敷は一人で盛岡へ。三浦は飛行場に向かうバスの中で、記録係に「こっちへきて目隠し将棋を指そう」と話しかける。五番勝負は始まったばかりだ。

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加藤治郎名誉九段が亡くなったのが1996年11月3日、棋聖戦第1局が行われたのは1997年6月14日。

三浦八段の棋聖時代、”目隠し将棋の鬼”だったことがわかる。

歩いている時間も惜しんで目隠し将棋をする、結婚披露宴の最中に詰将棋を解く、など、将棋に打ち込むという意味では、合理的な時間の使い方だったとも言える。

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目隠し将棋がクライマックスシーンでの主題になっている映画が、勝新太郎主演の「座頭市地獄旅」(1965年大映)。

2009年にこのブログで取り上げているが、再び。

極めて大まかな粗筋は次の通り。

旅に出た座頭市(勝新太郎)は、船の中で将棋好きの不気味な浪人・十文字(成田三樹夫)と知り合い、将棋を通じて親しくなっていく。

この後、座頭市と十文字は、怪我をして破傷風になった子供のために、大道芸や博打をしてお金を稼ぎ、高価な薬を買って子供を助けたりもした。

やがて座頭市は、父の仇をさがして旅を続ける病身の若侍(山本学)らと出会う。

彼らの父は旅先で、将棋の揉め事から浪人者に斬られてしまったという。

病身の若侍は、その浪人の顔を知っている従者を連れていた。

ところが、その従者は斬られて死んでしまう。

犯行現場に残された釣り道具の浮きから、座頭市は十文字が下手人および若侍の仇であると疑う。

助けた子供の病気も全快し、再び旅に出かける道すがら、座頭市と十文字は、目隠し将棋をはじめる。

熱戦の末、勝ちを確信した十文字が、いつもの癖で自分の鼻を撫で指先をパチンと鳴らしたとき、座頭市は隠し持っていた浮きを見せる。十文字が驚いた隙に、座頭市は十文字を斬る。

そして駆け付けた若侍兄妹が止めを刺す。

殺された十文字がとても気の毒に思えるが、そういうのを超越しているのが座頭市シリーズなのかもしれない。

故・勝新太郎さんも故・成田三樹夫さんも、大の将棋好きだった。

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