運の良い棋士とそうでもない棋士(後編)

近代将棋1995年3月号、中井広恵女流名人(当時)の「棋士たちのトレンディドラマ」より。

 一方、この人本当に棋士なの? というくらい勝負弱いのがS前竜王。

 もちろん、これは将棋以外のゲームの話なのだが、あまり勝ったという話を聞いたことが無い。

 どうやら、全てのゲームの勝負運を将棋につぎ込んでるようだ。

 それと、人が良すぎるということもあるのだろう。

 竜王戦第6局。衛星放送の仕事で現地に行っていた私は、打ち上げが終わって傷心の彼を誘って控室に行った。

「何かゲームをしましょうよ」

 すぐ部屋に帰っても寝つけないのだろう。彼の方からそう言ってきた。

 じゃ「ウノ」でもしましょうということになった。

 ウノとは、トランプのページワンみたいな遊びで、数字かマークが合えば一枚ずつカードが出せ、早く無くなった人が勝ちというゲームである。

 ただ、ページワンと違う点は、ウノにはいわゆる”ヤク札”が入っていて、”ドロー2”、”ドロー4”というカードを前の人に出されると、同じカードを持っていない場合は、2枚、或いは4枚引かなければならないのだ。

 最初6名ではじめ、私は彼の隣に座った。

 カードを見ると、私の手の中には、”ドロー2”一枚と”ドロー4”三枚が入っている。

 一方、隣のS前竜王は一枚も持ってなくて、私が出すたびに、2枚、4枚と引かされる。

「僕に何か恨みでもあるんですか?」

 そんな事言われたって、出さないと私が上がれない。

 傷心のS前竜王を勝たせてあげなきゃ・・・と思いつつも悲鳴を聞くのがだんだん快感になってくる。

 結局、最初7枚ずつ配られて、一枚ずつ減ってくはずのカードが、彼だけ何故か19枚にもなってしまった。

 当然、そのゲームは彼の大負け。

 私にイジめられてかわいそうだということで、私と彼の間に、富山からわざわざやって来てくれた佃さんが入った。

 佃さんは囲碁の女流棋士の佃初段のお姉さん。

「佃さんは中井さんみたいにイジワルじゃないから、良かったねぇ」

なんて武者野先生がおっしゃっている。

 次の勝負、佃さんの手の中には、”ドロー2”一枚と”ドロー4”二枚入っていた。

 S前竜王の悲鳴はまたも続くのであった。

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この竜王戦第6局は、羽生善治五冠が佐藤康光竜王から竜王位を奪取して六冠になった時だった。

対局場は、天童の「滝の湯ホテル」。

たしかに、眠れない夜だったのだろう。

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近代将棋1995年2月号、読売新聞の小田尚英さんの「羽生、竜王位を奪還」より。

 佐藤には不運とも言える終局となったが、大一番で、この内容の将棋。舞台設定も考慮すると、この第六局は名局だった、と言いうる。

 佐藤が頭を下げ、羽生が返礼すると、対局室は報道陣で一杯になった。感想戦が始まる前のインタビューで羽生は「(六冠は)新しい記録で棋士冥利につきます。全体的には内容もよく、満足しています」と話した。冷静。大した人だと感じた。佐藤は「つまらないミスが多く、竜王を取られたのも仕方がありません」。感情を押さえての語り口。やはり大した人だ。

(中略)

 打ち上げの前、廊下で会った筆者に佐藤は「お世話になりました」と言ってくれた。胸がじんと来た。好漢、佐藤。再び七番勝負の舞台に登場する日が楽しみだ。

(以下略)

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こんな夜だからこそ、将棋以外のゲームで徹底的に負けるのは、とても格好いいと思う。