内藤國雄九段インタビュー

今日の12:00からNHKEテレで「新春お好み将棋対局~ドリームマッチ2012 東西巨匠ライバル対決~」が放送される。

<東>米長邦雄永世棋聖と加藤一二三九段

<西>有吉道夫九段と内藤國雄九段

解説は羽生善治NHK杯、 聞き手は高橋和女流三段 司会は吉川精一アナウンサー。

今日は、この番組に出演する内藤國雄九段の昔のインタビューから。

近代将棋1995年7月号、棋士インタビュー「内藤國雄九段 幸せな男」より。

今年から新設の、「升田幸三賞」に内藤九段が選ばれた。内藤九段は升田ファンだったので、この賞がなにより嬉しいという。東京将棋会館で表彰式の前にインタビューが実現した。

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 おめでとうございます。第1回の受賞はいかがですか。

「今回はびっくりしました。それにしても第1回は光栄です。もっともコレをはずすともらえないようになる(笑い)。最近、内藤もあまり幸せじゃなさそうだから、やっとこうかと、審査員が思ったんじゃないですか(笑い)」

 にこやかな表情で、軽い語り口。いつもの内藤節が心地よくこちらの胸へ響いてくる。ところで、受賞対象になった空中戦ですが、きっかけは?

「当時勢いをつけて昇ってきた、中原さんとの棋聖戦です。第1局を必勝の将棋で落としての第2局です。対局日の2日前に神戸で知人と飲んだのですが、そのとき若松さん(同門・六段)のお兄さんが亡くなったの知ってますかと言われ、ショックを受けた。若松兄弟とは何回も飲んでよく知っている仲ですから、この夜したたかに飲み、次の日は二日酔いで銀波荘(愛知県の対局場)に入った。そうしたら案内された部屋がなんと、WAKAMATUと書いてある。こらあかんと思った。なにか呪われとる(笑い)。せっかく辛いこと忘れようとしたのに」

 そこで考えたのがやったことのない未知の世界だ。後手の横歩取り戦法は一歩損なので良くないというのが常識。プロは誰も指さない戦法だった。中原は矢倉や対振り飛車は得意、とてもこの日の内藤では勝てる気がしない。そこで・・・。

「とっさにやった戦法ですが、これがやってて楽しかった。図の△7四歩が私の自慢の一手です。こんな歩を突くの怖いでしょ、普通は飛車引くところです。右桂を使うためなんですがね」

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 この将棋に勝ち、第3、4局も空中戦に誘い、若き太陽中原棋聖からタイトルをもぎ取った。内藤初のタイトル。

「それからプロも空中戦指すようになった。私、升田先生大好きでね、でも指したのは五、六番です」

いつごろからのお付き合い?

「はじめは雲の上の憧れの人でね。声かけてほしくて。でも朝会館で会って、あいさつしても先生プイと横向く。初めは会っても、口きいてくれないんですよ」

どうしてなんでしょう。

「七段までは一人前じゃないということなんでしょうね。一度トイレで隣合って思わずあいさつしたんですが(笑い)、知らん顔。当時七段でしたが勝率1位! それなのに無視する。ところがA級八段になったら『おう』と。やっと口きいてもらって嬉しかったなあ。それからお酒飲みに行くようになった。先生は飲みに行っても威張っててね。一緒にいると怖いものなしという感じでした(笑い)。」でも淋しがりで、茶目っ気もたっぷりあって、しゃべるとそのままそれがいいことばになってる。懐かしいですよ」

(中略)

 森安九段を可愛がっていましたね。

「私、彼が好きでね。死なれると淋しくて。あるとき酒場に行って、私が来たというので歌わそうという雰囲気がある。キャンペーンなんかで回っていると、持ち歌を歌うのは辛いんです。森安君はそれを察知して、さきにマイクを持って、『おゆき』を歌っちゃう。そういう優しさがあるんですよ。彼の酔っ払っている姿を書いた文章で、上等の背広を着て道端に転がってる姿を見るとこの人はそうとう貧しかった少年時代を送った・・・というのがあった。ほんとにそうですが、ひっくるめて彼は好きでしたね」

 森安さんも先生に甘えてた。

「そう。順位戦(B級1組)で私と当たって、大きい勝負でしたが私が負けた。帰りに安酒場へ行って飲んだ。そのとき家を建てるんだが、銀行で貸してくれない保証人になってくれという。今だったら貸してくれるでしょうけどね。しかし、将棋で負かされて、金借りるの手伝わされて、それで勘定払わして、その上酔っ払って車で家まで送らせてね、めちゃめちゃですよ(笑い)。でもその甘えが嬉しくてねえ・・・」

(中略)

 一億円棋士が出て将棋界もだいぶプロらしい世界になりましたね。

「私が大山名人に王位戦挑戦したころ(昭和47年)は自前でマッサージとってチップやって、香焚いてもらったりすると一局の対局料が飛んじゃうくらい安かった(笑い)。ホントですよ。当時物価が安かったと言うがタイトル戦の対局料でテレビ1台分。今はとても恵まれている」

 最近、歌のほうはいかがですか。

「やってますよ。『男の酒場』というのを出しました。これは各社5人が出した競作なんです。レコード印税は全部、震災チャリティーにしてもらいました。なんとか皆さんに頑張ってもらおうと・・・」

 今や人生の円熟の期、さらりとした中にすべての味を含む魅力になってきた。

(以下略)

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内藤八段(当時)の空中戦法が現れた1970年代初頭、相掛かりや横歩取り、腰掛銀は斜陽戦法と呼ばれていた。

それが今では相掛かり、横歩取り、角換わり腰掛銀が居飛車の主流戦法になっているわけで、当時と戦法に関する価値観は正反対になっている。

そういう意味でも空中戦法は、横歩取りの分野で時代を変えた戦法と言える。