2003年の奨励会旅行(関東編)

近代将棋2003年12月号、「激闘奨励会」の関東・関西研修合宿レポートより。

今日は関東編。

 10月3日~4日に関東奨励会の研修合宿(奨励会旅行)が行われた。

 3日の午前8時半に千駄ヶ谷の将棋会館に集合。遅刻した数名の会員に幹事の中川大輔七段が「団体行動で時間厳守は当然だ!」と厳しく叱責した。

 合宿地は山中湖。無地到着後、遊覧船で山中湖を一回りする。

 遊覧後は宿舎に向かって早速研修開始だ。

 まずは合宿に同行した将棋連盟理事の北島忠雄六段の講演を聞く。北島理事は自分の奨励会時代について語った。

 奨励会生活が14年半の長きに渡った北島理事の話には現役会員に対する温かみが感じられた。

 講話の後は実戦。参加者全員が紅白に分かれての対抗戦だ。2局行って、2連勝者と勝利チームのメンバーに賞金が出る。持ち時間は20分30秒。

 賞金が出ると聞いて会員のやる気が急に出てきたのが微笑ましい。

「2連敗者は勝利チーム賞を辞退するべきだ」と主に2連勝者から厳しい声があがる。結局辞退にはならなかった。

 実戦研修の後、夕食を挟んで自由研修に。要するに自由時間だ。気の合う仲間と宴会を始める会員、トランプとサイコロを取り出してわけのわからない遊びを始める会員、携帯電話のメールで棋譜を取り寄せて(3日にはA級順位戦の谷川-鈴木戦があった)並べる会員、体力を持て余して相撲大会を始める会員など、行動は様々だ。

 翌4日は午前6時45分集合。近くの寺にて座禅を組む。前日騒ぎすぎて6時15分に寝ついたという猛者がいた。

 座禅の前に住職から講話を聞く。すでにここでうとうとし始めて警策で叩かれた会員もいたようだ。

 朝食を取った後、再び将棋研修にて紅白戦が始まる。当然賞金も出る。

 今度は10分切れ負け。これに対して「切れ負けはないですよ」と不満が出るがスケジュールの関係上仕方がなかったようだ。

「切れ負けの公式戦があればやってもいいですけど」と既に四段昇段後の公式戦に目が向いているのが頼もしい。

 研修終了後は宿舎を出発して帰途につく。事件もなく無事に千駄ヶ谷に到着した。

 会員の皆にとってはわずか2日とはいえ、実り多き時間だったと思われる。

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この頃の関東奨励会は、

高崎一生三段(16)、中村亮介三段(18)、片上大輔三段(22)、遠山雄亮三段(23)、佐藤天彦三段(15)、佐藤慎一三段(21)、戸辺誠三段(17)、広瀬章人三段(16)、金井恒太三段(17)、村中秀史三段(22)、長岡裕也三段(18)、伊藤真吾三段(21)などが三段陣を固めていた時期。

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男だけの旅行の自由時間・・・。

通常の旅行であれば、温泉に入った後、コンパニオンの女性を呼んで宴会、という具合になるのが一つの例だが、奨励会ではそうもいかない。

10代の奨励会員にとっての自由時間は、男子校の修学旅行のような雰囲気なのかもしれない。

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私は仙台市の出身なので、小学校の修学旅行は福島県だった。

五色沼や野口英世記念館を見学した後、会津若松の旅館に宿泊。

五色沼の美しさは今でも忘れられない。

野口英世は、当時の小学生にとっての代表的な偉人だった。

そして会津若松。

会津若松といえば白虎隊。

仙台の男子小学生が必ず買うお土産が、「白虎刀」だった。

白虎刀は木で作られた日本刀だ。

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私が生まれて初めて宮城県以外の都道府県へ行ったのが、小学校の修学旅行の福島県だった。

その後、大学から東京へ出てくるが、私が行ったことがある都道府県の数は結構少ない。

行ったことがあるのは(地面に足をつけたという意味で)、

北海道

岩手県

山形県

宮城県

福島県

栃木県

茨城県

群馬県

千葉県

埼玉県

東京都

神奈川県

静岡県

山梨県

長野県

愛知県

京都府

大阪府

兵庫県

岡山県

広島県

福岡県

47都道府県のうち22都道府県のみということになる。

このうち、仕事の出張を除いた自費での旅行などということになると、

北海道

岩手県

山形県

宮城県

福島県

栃木県

茨城県

群馬県

千葉県

埼玉県

東京都

神奈川県

静岡県

山梨県

長野県

京都府

大阪府

広島県

の18都道府県だけになってしまう。、

宮城県や関東地方を入れての18都道府県だ。

逆の意味で、かなり自慢ができる数字なのかもしれない・・・

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