将棋マガジン1993年3月号、高橋呉郎さんの「形のメモ帳」より。
第一回レディースオープン・トーナメントは、注目の”大型新人”、清水市代女流初段(現女流王将)が決勝戦に進出した。相手は中井広恵女流名人。
女流プロは対戦中、絶対といっていいくらい口をきかないが、表情は、それほど硬いわけではない。中井は、すでにタイトル戦も経験しているので、所作にも余裕が感じられた。清水のほうは、対局開始前から終始、ピクリとも表情を動かさなかった。
よく親が子どもに「外で知らないオジサンに声をかけられても、返事をしちゃいけませんよ」と教える。清水は、そんな親の言葉を忠実に守っている子どものようにみえた。
将棋は清水が勝ったが、感想戦でも、かたくなに表情を崩さなかった。検討も終わり、中井が帰ったあとに、共同通信のN記者が現れた。Nさんは清水とは自宅も近く、何年も前から将棋の相手をしていた。さっそく棋譜を並べはじめた。
中井に敗着が出た局面で、Nさんは清水に「ここで”しめた”と思ったんじゃないの?」と声をかけた。清水は、かすかに頬をゆるめて答えた。
「アタリィー!」
一瞬、わが耳を疑いましたね。朝からニコリともしなかった、この少女の口から、そんな軽ノリの台詞が出てくるとは、想像もできなかった。どうやら私は完全に化かされていたらしい。NHKの将棋講座で聞き役をつとめる清水をみれば「アタリィー!」が本性であることは用意に理解できる。
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現在のマイナビ女子オープンの前身であるレディースオープントーナメントは1987年からの開催で、清水市代女流初段18歳の頃の出来事。
今の落ち着いた雰囲気の清水市代女流六段からは想像ができないが、とても微笑ましいエピソードだ。
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たしかに、清水市代女流六段は、1990年の将棋マガジンでは「8一School 1-4組(ハイスクール イチヨ組」という漫画の原案を作っているし、1991年の「将棋質問箱 いち姫ニッコリ答えます」では、清水藩枝豆城のお姫様という役になりきって読者の質問に答えている。
一例を挙げると、
Q.
前略 イチ姫様 私の悩みを聞いてください。私は将マの棋力診断で初段を目指して1年も頑張っていますが(中略)
A.
「キャーッ。女性からの質問なんて初めてよっ。ルンルン」
「確かに。コツコツと頑張っておられるようですね」
「良いことゆ~わね尾南」
(以下略)
※この清水藩枝豆城には、いち姫の他に、養育係の片久手雁虎(かたくてがんこ)と剣術指南係の木座田賀尾南(きざだがびなん)もいて、その三人による会話形式で、質問に答えている
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ちなみに、清水市代女流六段が将棋マガジンで観戦記を書くときのペンネームは「えだまめ」だった。