郷田真隆王位(当時)「ぜんざいを食べます」

将棋マガジン1993年2月号、福本和生さんの棋聖戦第1局観戦記(谷川浩司棋聖-郷田真隆王位)「電光石火の超急戦」より。

 総手数が57手で勝負がついた。棋聖戦ではもちろんだが、おそらくタイトル戦でも短手数の記録ではないかとおもう。

 谷川浩司棋聖に郷田真隆王位の挑戦で幕をあけた第61期棋聖戦五番勝負の第一局は、記録的な短手数で谷川が勝った。ポキンと折れたような郷田将棋―。剛直な棋風の持ち主である郷田の胸中に、いま渦巻くものは何か。敗局の弁を郷田に聞いてみた。

(中略)

 12月9日、東京駅発の新幹線で対局場の愛知・西浦温泉「銀波荘」へ向かった。谷川と郷田は呉越同舟の出発である。前日の8日、ふたりは東京で対局があり、同じ新幹線に乗ることになった。

郷田「順位戦で中川五段と対極しました。矢倉の戦いで終局は午前1時ごろでした。感想戦を終えて連盟を出たのは2時すぎ、それからぐっすり眠りました」

 郷田と同室で谷川も棋王戦で中原誠名人と対局があった。その翌日の遠征なので新幹線の車内では、ふたりは眠っていた。疲れが残っていたのだろう。

 10日午前9時から対局が開始された。香をたきこめた対局室に薄茶の渋い和服の谷川、紺地の和服の郷田が盤をはさんで対じする。30歳の谷川に21歳の郷田、絵になる対局風景である。

(中略)

 午後2時ごろ、谷川は席をはずして対局室は郷田が一人でヨミにふけっていた。窓外には三河湾が広がり、風がでたのか海面が少し波立っていた。ふうっ、と深い吐息をもらして、郷田は視線を盤上から海へ移した。逆光のせいか郷田の姿がシルエットにつつまれて孤影という趣きであった。床の間に「画中遊」と書かれた中国の前衛書家の一幅があった。郷田のいまの胸中は「盤中悲」かもしれない。

(中略)

 終局は午後5時43分、57手の短手数で谷川が勝った。

 帰りの新幹線車内で高柳先生がこう話していた。

「この将棋、谷川さんが初手に▲7六歩、矢倉で戦いますかの打診に郷田さんは3分の間をおいて△3四歩、矢倉は指しませんよの意思表示で、横歩取りに進んでいった。反発から気合のぶつかり、短手数だが密度の濃い将棋だった」

 打つ上げの宴のあと、郷田は雀聖の浦野六段らとマージャンをして午前2時すぎまで明るく振るまっていた。内心はともかく表面はからりとしていた。敗局を早く忘れたいのかもしれない。みんなで雑談をしているときに小林宏五段の富士山での遭難か、のニュースがとびこんできて全員が驚きの声をあげた。翌日、無事であることが判明して安心した。

(中略)

 これは余談だが、銀波荘で3時のおやつにぜんざいをごちそうになった。谷川はケーキを注文したが、郷田はぜんざいを食べますという。郷田の脇に出されたぜんざいの椀のふたは、そのままで終局となった。ぜんざいは戦いの場には、どうも不似合いだったかもしれない。

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たしかに、ぜんざいは戦いの場に不似合いな雰囲気を濃厚に持っている。

これは汁粉(ぜんざいは粒餡、汁粉はこし餡)についても同様だ。

ケーキ、和菓子、フルーツ、アイスクリームはタイトル戦のおやつとして盤石の地位を確立しているのに、ぜんざい・汁粉はなぜ場違いな感じになるのか?

箸で食べるのが、間が抜けた印象になってしまうのだろうか。

そういう意味では、ところてんもタイトル戦のおやつ向きではない。

葛切りは、ざるそばの食べ方に似た感じになるので、もっと間が抜けた感じになってしまう。

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しかし、箸だけが悪いというわけでもなさそうだ。

スプーンで食べるあんみつも、タイトル戦のおやつとしては間が抜けた雰囲気を持っている。

あんみつを食べながら局面を読む、、、絶対に勝負の迫力が足りなくなりそうだ。

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ソフトクリーム。

アイスクリームは様になるのに、ソフトクリームは、やはりタイトル戦のおやつとしては間が抜けてしまう。

かき氷はどうだろう。

氷イチゴを食べながらの長考。やはり戦いの場には似合わない。

氷宇治金時になったとしても同様だ。

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このように見ていくと、甘味喫茶で出てくるメニューのほとんどがタイトル戦のおやつには向かない雰囲気を持っている、という仮説が成り立ちそうだ。

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