井上流運転技術

将棋世界1993年11月号、神吉宏充五段(当時)の「対局室25時 大阪」より。

 対局者にはいろんなタイプがあって、ドンドン話しかける棋士、相づちを打って話し出す棋士、我関せずと対局に没頭する棋士と、大方に分けるとまあ、おの3タイプがある。

 井上六段は2番目のタイプだろう。この日も静かに杉本四段と戦っていたが、有森、神吉の執拗な口撃に煮えたぎる思いが爆発するのであった。

 「井上先生は車に乗ってるんかいな」

 「へえ」

 「加古川はあんまり渋滞がないから、すいすい走れてええやろ」

 「へえ」

 「事故なんかは起こしたことないと思うけど・・・」

 「へえ・・・けど、よく信号無視してまうんですわ」

 「えー、信号無視ぃぃ!」

 「へえ、前が赤でも突っ込んで行ってもて」

 「あ、危ないなあ。どこ見て走ってんのや」

 「へえ、前の車見て・・・」

 「ほ、ほんなら前の車が急に曲がったらそれについて行くんかいな」

 「いえ、ワシもそこまでは・・・。次の前の車探します」

 「・・・・・・」

 井上六段の将棋は、プロ筋で評価の高い将棋。

 相手との間合いの取り方がうまく、序・中・終盤のどれをとっても欠点がない、安定感ある将棋である。

 この相手との間合いは、前の車を見て走る井上運転術に通じているのだろうか。

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井上慶太六段(当時)の運転術、関西将棋会館での対局中の雑談なので、どこまでが本当でどこまでがネタなのか、見分けることが難しい。

とにかく、楽しそうな対局室だ。

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関西のこのような伝統は、振り飛車名人の故・大野源一九段が走りかもしれない。

対局が始まると、漫談のような面白いことを話し、相手が笑い転げる。

笑っているうちに、相手はついつい甘い手を指してしまう。

振り飛車は序盤にあまり気を遣うことがないので、漫談のような話に専念できる。

かなり強力な盤外戦術だ。

なんと言っても、大野源一九段の実弟には、漫才師のあしたひろしさんがいるほど。

笑いに自信のある方は、将棋大会などでぜひ一度試していただきたいような盤外戦術だ。

大野源一九段とあしたひろしさん