1991年の女流育成会レポート

近代将棋1991年7月号、湯川博士さんの「女流育成会レポート 女流名人をめざして」より。

 春にしては肌寒い。花曇りの日曜日の朝、将棋会館の一室に若い女性が続々と集まってきた。女性が十人いるわりには特有の声が出ない。かといって、しおれているわけではなく、華やいだ雰囲気の中に、ある種の緊張感が漂っている。

 午前9時30分。石田八段と所司五段がやってくると、女性陣は部屋の左右に分かれて座り、その間に二人の男性棋士が座った。

 まず、石田八段が口を開く。

「えー、皆さん、7年間この会の幹事をやってきましたが、このたび若い所司五段と交代します。彼は若いですが、真面目ですし、意欲も十分。わからないところは、大庭さん教えてあげて下さいね(笑)。では、所司五段から」

 大庭美夏さんは、育成会創立時からの最古参である。現在、千葉大の4年生。

「私、清水市代ちゃんと同級生で、一番古くなっちゃいましたね。中学3年ころ入ったんですけど、あのころあまり熱がなくて。高校の時は受験もありましたし。今になって、本気で女流棋士になろうと思うようになってきたんです」

 大学では教職課程をとっているが、先生になる気持ちよりは女流棋士になりたい気持ちが強いそうだ。前期は次点で現在は順位一位の最有力。1年後には国立大出の女流棋士が誕生するかもしれない。

 さて、新任の所司五段の挨拶だが、若い女性を前にいくらか上気ぎみだ。

「エー、私はただたんに幹事をやるというよりも、育成会の棋力充実、底上げにも力を入れたい。対局のほかにも定跡の講習とかもやってみたいと思います。また、皆さんは女流棋士になるとアマチュアの指導もしなくてはなりません。そういう普及面でもやれるものを備えてほしい」

 ひととおりあいさつが終わって、今後の日程を決めることになる。今までは毎月会員の希望を聞きながら決めていたが、今度から3ヵ月づつ決めようということになった。なにしろ学校へ通っている人が大半なので、模擬テストやら学校行事が重ならないようにしなければいけない。

 私はあの日がダメです、あの日がいい、と希望を出しあってなんとか8月まで決める。ここで石田八段再登場。

「えー、対局の前にPRを。私のA級復帰を記念しましてパーティーを開きます。育成会の方は招待しますので、ぜひ来てほしい。それから代表で誰か花束贈呈というのをやってほしいんだが、そのへん大庭さんよろしくね」

 年度初めの事務伝達が終わると、新入会員の紹介と、旧会長の名前確認。それから待望の対局開始である。

 大庭美夏-林まゆみ

 最古参の大庭さんに新入会の林さんの対局。

(中略)

 小林千代-中倉宏美

 小林さんは獨協大学の3年生。中倉さんは新入会。中学1年生の小柄な少女だが、女流アマ王将、女流アマ準名人と抜群の実績がある。

 石田八段の話では、「アマ時代に活躍して入ってきた人は三、四段ありますからだいたい上へ行きますね。最低限アマ初段はないと、育成会に入ってから大変でしょうね」とのこと。

 だが新任の所司五段は少し幅のあるいい方で「私は級位者でも入会してもらいたい。どんどん入ってもらい底辺を広げていきたいと思っています」

 次の間では三局対戦している。

 久津知子-矢内理絵子

 本田小百合-竹下めぐみ

 保田智子-田沢里実

 久津さんは北海道から月1回飛行機でやってくる。現在高校4年生(昼の定時制)。父は赤旗名人で将棋道場をしている。母親も大会に出ている将棋一家。

 「北海道では優勝しましたけど、レベル低いですから。東京へは対局の前日着き、当日の最終で帰ります。飛行機代は4万くらいで今まで父が出していましたが、今度アルバイト始めたので私が半分だします」

 相手の矢内さんは最年少の小学6年。子供特有の早指し。久津さんやりにくいだろうね。

 本田さんは水戸の天才少女といわれ小1のころから騒がれていたが、もう中1になった。

(中略)

 この日3局戦って、早くも星がつけられたが、1年後には二人の昇級者が出るわけだ。

(中略)

 ちなみに記者の昇級予想は、◎林、◯大庭、◯中倉、△本田、△矢内である。

 メモ・育成会は今のところ試験なし。面接のみで月謝不要。年間総当て3局ずつ戦って二人昇級。女流棋士昇級後の降級制度は廃止。身分はプロでアマ大会出場はできない。

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女流育成会は、1984年に発足し、2009年3月に廃止された。

この1991年度は、林まゆみ育成会員と本田小百合育成会員が昇級している。

その後、1992年10月には久津久子育成会員が、1993年4月に矢内理絵子育成会員、同10月に石橋幸緒育成会員、1994年4月に中倉彰子育成会員、同10月に碓井涼子育成会員が昇級。

中倉宏美育成会員は1995年10月、大庭美夏育成会員は1998年4月の昇級となる。

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石田和雄八段(当時)に「わからないところは、大庭さん教えてあげて下さいね」や「そのへん大庭さんよろしくね」と、この頃から既に全面的に頼りにされていた大庭美夏育成会員(当時)。

大庭美夏女流1級も自ら語っているが、女流育成会在籍14年は史上最高記録。

女流育成会史の語り部と言っても良いだろう。

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矢内理絵子女流四段の女流育成会入会は1990年、奨励会への入会は1993年のこととなる(奨励会は2001年に退会)。

9月4日に、矢内理絵子女流四段が来月入籍されることが発表された。

お相手は、将棋界とは接点のない30代の一般男性。

9月4日は、”30代一般男性”という言葉の株価がストップ高したような日となった。

9月5日には、井上陽水さんと石川セリさんの長女で歌手の依布サラサさんが、一般男性と結婚したことが報じられている。

一般男性パワーが燃えている。