駒の損得よりも駒の効率

一昨日、昨日と行われた竜王戦第3局は、渡辺明竜王が急戦矢倉での新手を繰り出して勝利。渡辺竜王の大胆さと踏み込みの良さが感動的な将棋だった。

なかでも驚いたのは封じ手の局面。

20133

香車を取られて馬を作られて、そして△7五歩▲同歩に△6四飛(A図)

更に桂馬を取らせても良いという大局観。

ここから渡辺竜王の猛攻が始まるのだが、それにしても、なかなか思いつかない手順だ。

駒の損得よりも駒の効率。

アマチュアにとって非常に馴染みやすい駒得とは逆の道を行く場合の多い「駒の効率」、だからこそ、プロの技を痛いほど感じ取ることができる。

今日は「駒の効率」の話。

近代将棋1991年10月号、武者野勝巳五段(当時)の「プロ棋界最前線」より。

形勢判断の指針

 将棋を形勢判断する重要な要素として、①駒の損得②駒の効率③玉の固さ④手番の4つがあることは、読者も先刻承知のことだろう。③玉の固さは、受けにおける駒の効率である―という谷川竜王の説があって、なるほどそうかと感心させられるのだが、ここでは話の都合上4つの分類で話を進める。

 さて、読者は4つの分類でどれが一番形勢に影響を及ぼすと考えるだろうか?

 ①駒の損得が一番形勢に影響を及ぼすと考える者は、駒を得するように、損しないように心掛け、戦いを進めるだろうし、②玉の固さが何といっても一番さと考える者は、自分の玉は固く、相手の玉をとにかく薄くするように戦いを進めることだろう。これが棋風。棋風はその人の形勢判断の指針、局面への価値観の発露なのである。

 では、実際のところ、4つの要素のうちどれが一番形勢に影響を及ぼすのだろうか?「終盤は駒の損得よりも速度」という格言のニュアンスは、序盤では駒の損得が大事とも受けとれる。これら格言のできた戦前の将棋。それを代表する木村十四世名人のスタンスはやはり①の駒の損得主義で、だからこそ④手番最重点主義の升田実力制第四代名人の登場が、いっそうきわ立って見えた―のだと私は思うのだが・・・

将棋感覚の変化

 穴熊囲いの登場は、従来の将棋感覚を一変させた。③玉の固さが何よりも大事で、敵玉に迫るため④手番が、中盤のかなり前半の頃から重要視されだしたのである。”角の丸得をしたものの、玉は薄く、穴熊側の執拗な攻めがほぐれず負けた”とか”5三にと金と作ったのに、意外と効果がなかった”などという苦い経験をお持ちのオールドファンも多いだろう。かく言う私も木村名人と同じ、駒の損得主義者で、駒をたくさん集めたものの、自玉の周りは気がついたら敵影ばかりという悲哀をいつも感じている。木村名人が速度重視の激しい腰掛銀戦法を克服し、名人に復位したのとは大変な違い。凡人と偉人の違いである。

 ところで私のことは別にすると、やや穴熊感覚の猛威も薄らいできたようで、プロ棋界においてはベテランの復活が見られるようになってきた。森安(秀)九段や佐藤(大)九段の活躍などがその例で、居飛穴投手の投げる速球に目が慣れて、本来のアベレージが戻ってきた―とでも表現できようか。

 私の復調の順番もそろそろかなどと楽観的な推測のある日、不思議な将棋の感想戦に付き合ったのである。

効率派の台頭

 まずは1図をご覧いただきたい。

photo_3 (6)  

 相矢倉から後手が流行の△6二飛車戦法で急戦を仕掛けたところ。

(中略)

 さて、1図で角の進退窮まった森下は▲3六歩と突き、△4五銀に▲3七桂△4六銀▲同銀(2図)と角銀交換の駒損に甘んじた。

photo_4 (5) 

1図△4四銀の以前に▲2四歩の合わせから1五に角を転換する実戦例はあり、この角銀交換は序盤に明るい森下らしからぬ拙策と私には映ったのだが、感想戦によると、なんと!森下にとってこの角銀交換は予定で、2図は駒の効率がよいので、先手の方が指し易いハズだと言う。冗談でしょうと2図以下を感想戦でさかんに動かしてみたが、確かにハッキリ後手よしとする手順は見つからなかった。「本当に2図で先手よしなのかなあ。こんなの本に書いても誰も信用しないし、真似する奴はいないよ」と中年棋士は声を発したが、こんな早い角銀交換でもいいハズはないと私も同感だった。

 この夜、私はふと(故)花村元司九段とのぶつかり稽古の3図を思い浮かべた。

photo_5 (3) 

 後手の角転換が1手遅れて、先手技ありの局面だと思うのだが、師匠は平然と△8四角。以下▲5四歩△同銀▲5五歩に、△6六角▲同角△6五銀▲4八角△6四銀(4図)と進め局後「元気はよかったけど、やはり無理だったねえ」と言い放ったのである。

photo_6 (3) 

 敗戦という冷徹な事実の前に、私は「ハァ」と言ったきり口をつぐんでしまったが、こんなんで悪いハズはないという思いを今日までズッと引きずってきた。しかし、師・花村独特の駒の効率を重んじる感覚を、森下は千番を超すぶつかり稽古から、素直に受け継いでいたのである。

再々登場した!

 例によってコンピュータで棋譜を整理していると、なんとあの森下-日浦戦そっくりの局面を発見したのだ。

photo_7 (2) 

 5図がそうで、村山はここから▲5五歩△4五銀▲3七桂△4六銀▲同銀とやはり角銀交換に甘んじ、以下△4二金▲5四歩△7三桂▲7九玉△5二歩▲3五歩(6図)と手をつないでいる。

photo_8 (2) 

 玉の囲いを急がないのが工夫で、敵の角筋を避け、このため▲5四歩の突き出しが大きな効かしとなっている。

 私達中年が「誰も真似しないだろう」と思った攻防が、再び登場したのだ。これは少なくとも村山が2図において「先手よし」とした森下の感覚を支持したことを意味する。

 ここまで筆を進めると、熱心な読者は「私も同様の攻防を見た」と思い出すことだろう。そう、中田宏五段が谷川王位に挑んだ王位戦の第2局である。

 7図は後手側の谷川王位も工夫して、△4四歩△1四歩で角の退路を断つ作戦を採っている。

19912 (2)

 しかし中田は平然としたもので、7図以下▲8八玉と囲いを強化し、△4五歩に▲5五角△同銀右▲同歩△同角▲4六歩(8図)と、やはり角銀交換の駒損にに甘んじたのである。

19912_2 (1)

 以下は手に汗にぎる大熱戦が展開されたが、中田が見事に勝ち切っている。これは観戦記を読んでのことだが、谷川敗因不明の名局といのことで、立会人の勝浦九段に「後手の8一桂が戦いに参加しなかったのが敗因か」と言わしめたほどの一局であった。私見では、先手玉に比べ、後手のそれは玉飛接近形のマイナスで、先手桂の利きが急所の▲5三歩を生むことも効果大なのだと感じるが、前記同種の将棋も駒損側が勝ちを収めたことを考えると、確かに駒得よりも効率の方が勝る展開なのかも知れない。

 手番派の対策に加え、効率派への対応。中年棋士は頭の痛いことである。

—–

例えば、故・花村元治九段が指した4図の△6四銀。

角銀交換で駒損をしているのに、取ったばかりの銀を自陣に打つ。

こんな手は一生かかっても指せないと思う。

まさに東海の鬼の秘技。

このような感覚を森下卓九段が受け継いでいるというのも新鮮な発見。

—–

最後に取り上げられている1991年王位戦第2局の中田宏樹五段-谷川浩司王位戦、この棋譜を調べてみたが、中田宏樹五段会心の一局。

今回の竜王戦第3局と同様、中田宏樹五段の踏み込みの良さが感動的で非常に印象に残る将棋だ。

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