神谷広志六段(当時)「泣くな先崎、明日がある」

将棋世界1992年5月号、神谷広志六段(当時)の順位戦C級2組最終局レポート「泣け!!」より。

 9回戦の杉本-先崎戦は壮絶な将棋だった。必敗形となった先崎が自陣にありったけの駒を投入。奇手を連発してネバる様はすさまじく、この将棋を並べた人は一様に「ウヘ!!」「へ~」と驚いたものだった。だがそれも報われずについに敗戦。約5ヵ月続いた自力が消滅したショックは大きかったろう。

 2月終わり、先崎、神谷それに囲碁の棋士数人と飲んだ時、先崎がらしくない愚痴をポツリともらし「冗談じゃねえ、オレ達碁打ちほ方がずっとキツイ勝負をしているんだ。甘えんじゃねえ」と猛烈におこられて、普段酔っ払ってわめいているはずのぼくがなだめ役になったりした。

 その先崎は関西で森安(正)と対戦するためここにはいない。それが物足りないなあと思いながら3階の事務室に行くと、有森がいて朝から「疲れました」を連発している。すでに昇級を決め、今日は丸山の昇段を阻止するかどうかという一番。

 この将棋は接戦にならないだろうと思った。「イヤー簡単に負けてしまいましたわ、ダハハ」と言って帰ってしまうか、または「いやー気楽に指すと手が伸びてしょうがないですワ、簡単に勝ってしもうた」となるだろう。しかしこの予想は大外れとなる。

 4階の記者室でボサッとていると、今日もう一人の主役、石川とその相手小倉が、かわるがわる遊びにくる。

 小倉が「中田(功)さんがまだ来ていないですよ。相手は野田さんですし、まさかまた対局場を間違えたんじゃ・・・」。中田は以前大阪で対局のはずが東京に来てしまい、不戦敗という前科があった。今日はその逆かというわけ。「でもまあ、中田さんは通行人程度の役ですけどねェ」。通行人とは言いえて妙。中田も丸山、先崎が負けて自分が勝った場合昇級できるのだが、先崎はまず負けないだろうという意味だ。

 結局36分の遅刻で対局開始。まあそれぞれいろんな事情があるだろうが、「あんなことをしてるんじゃ、多分あがらないな」と周りに思われるのは明らかにマイナスだろう。

 小倉と入れかわりに入ってきた石川が有森に向かって、「1ヵ月間考えて、あなたはアテにできないと読み切りました」。つまり石川は自分が負けても先崎か丸山が負ければあがれるのだが、そんなものは全く期待しないというわけ。当たり前といえば当たり前で「なんでそんなことに1ヵ月もかかるんだ。5分も考えれば・・・」

 「いや、全ての枝葉まで完璧に読んだんです」。そう言われては黙るしかない。

 その小倉-石川戦は第1図の局面。

(中略)

 この日の石川は強かった。しっかりと受けとめて小倉にチャンスらしいチャンスを与えなかった。

 ところで「自分には関係がなく相手が大事な対局こそ全力投球すべき」とは某先生の言葉だが、ぼくは疑問に思っている。棋士ならばどんな対局も全力投球するのは当たり前で、相手が大切な時にだけ使う力があるとすれば、普段は何をしているのかということになる。

 自分の大事な対局より相手にとって重大な将棋の方が力も気合いも入るという人が本当にいるとすれば、それは単なる変態としか思えない(某大先生が変態といっているわけではありません。念のため)。

 今日の有森は記者室でゴロゴロ、ゴロゴロ。小倉はペチャクチャ、ペチャクチャ。別に手を抜いているわけではない。

 これが普段通り、いつものペースだ。

 まだ4つも残っている降級点争いはまず菊池が勝って逃げた。関西では木下勝ちとの情報。これで本間が決まった。

 負ければ濃厚の櫛田がさっきから星取表を見ながら「あ~◯◯さんも◯◯さんも勝ちそうだマズイヨ」と言っている。

 何を言っているんだ。そんなことより自分が勝てばいいじゃないかと思ったが、この頃には敗勢だったらしい。中盤大優勢だったが、悪手連発で悪くしたショックか夕休前にアッサリ投げてしまった。

 関西から森安-先崎戦の棋譜が送られてきた。先崎が居飛穴からやりたい放題やって必勝形。こういうことがあるから居飛穴中毒の患者が増えてくるわけだ。

 先崎の場合はやればまず負けないという信仰に近いものがあり、前述の対杉本戦は二重の意味でショックだったろう。

(中略)

 小倉-石川戦も大差との評判。夕休、エレベータに数人で乗った時、少しエレベータが揺れ、「私が震えているから揺れるんです」と言って一同を爆笑させていた石川だが、第3図となってはさすがに間違えようがない。

(中略)

 最後の残ったのはやはり有森-丸山戦。

 しかし、丸山大優勢のハズのここが終わらない。どうやら丸山が緩い手を指して有森が追い上げたようだ。

1992 (1)

 5図で▲5四銀はどうかと日浦が言った。△2八飛あるいは△8五桂などは▲6三馬以下簡単に勝つ。また△6一香の受けは▲4二銀成以下必至を掛け、銀を渡しても先手玉が詰まないから勝ちだ。

 後手の応手がわからない。有森逆転勝ち、先崎昇級か。そんなムードで一杯になったが、有森は図から▲2四銀成。これには記者室の一同「エ~」。丸山はすかさず△2八飛と打ち、▲6三馬に△5二飛。

 今度こそ本当に逆転の余地の全くない大差になった。

 局後の検討では、▲5四銀にも△6二香と受け、かすかに残っているとの結論。

 たださんざん検討してようやく出てきたもので、この場合はほとんど無意味。

 あそこで▲5四銀と出ていれば有森が勝ったような気がする。ただ勝負事にレバ、タラは禁物。それこそ無意味だ。

 感想戦をぼんやり見ながら先崎の事を考えていた。今日は荒れるだろうな。二日酔い、いや三日酔いは必至かな。見出しは「泣くな先崎、明日がある」かな。いやそんな平凡な慰めが何になる。

 先崎、君は情けないヤツだ。明日などない。泣け。くやしかったら来期全勝であがってみろ。

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神谷広志六段(当時)らしい、骨太で、後輩に対する愛情溢れる順位戦最終局レポート。

「米長哲学」に対する疑問など、普通なら書きづらいようなことも率直に書かれている。

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一方、故・米長邦雄永世棋聖は、この翌年に出版された『人間における勝負の研究』で、

自分にとっては消化試合だが相手にとって重要な対局は、何年間かのツキを呼び込む大きな対局であり、名人戦より必死にやるべき対局

と表現している。

この神谷六段のレポートに反応する形で、「米長哲学」を更に明文化したのかもしれない。

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自分にとっての消化試合が発生する可能性のある棋戦は次の通り。

◯順位戦(最終局で、勝っても負けても来期の順位に影響が出ない場合)

◯王位戦挑戦者決定リーグ

・挑戦者決定戦出場が決まった後の対局

・残留できないことが決まった後の対局

◯王将戦挑戦者決定リーグ戦

・挑戦者になることが決まった後の対局

・残留できないことが決まった後の対局

順位戦最終局で翌年の順位に影響が出ない対局というのはほとんどないので、厳密な意味での消化試合は非常に少ない。