将棋世界2004年1月号、谷川浩司王位の第16期竜王戦第2局〔森内俊之九段-羽生善治竜王〕観戦記「読み勝った森内」より。
森内の気合い
タイトルを失った直後こそ、その人の真価が問われている、と私は考える。
心機一転出直せるか、敗戦を引きずってしまうか―。森内九段が僅か4ヵ月で竜王挑戦者になったのは、超一流の証明でもあった。
それも、本戦五局の内四局までが後手(内一局は私だが)。挑戦者決定戦の相手が中原永世十段。この二つの逆風に打ち克ってだけに価値がある。
今期の竜王戦に限らず、森内はこれまで大一番での振り駒運には恵まれていないと感じるが、逆にその事が、後手でも負けにくい棋風を育んだようにも思う。即ち、周到に準備された序盤作戦と、作戦負けをしても自分からは悪くしない粘り強さである。
反面、細かい所まで気にするために、優勢な将棋で勝ち味が遅い嫌いはあるが、これとて欠点というほどでない。
対羽生戦は、タイトル戦以外では五分の星を残しているが、三度のタイトル戦は、1勝4敗、1勝3敗、4連敗と何れも完敗。
それだけに、第1局の勝利は森内に大きな自信をもたらしたはず。
第2局、今度は先手。どんな戦型になっても30手目ぐらいまではノータイムでも指せる。それぐらいの準備をして臨んだに違いない。
羽生の余裕
名人獲得後、不調といわれていた羽生竜王だが、依然として四冠を堅持。ここまで18勝9敗の成績は、悪い数字ではない。(王位戦は相手が悪かった?)
あだ、肩に力が入ったのかは分からないが、王座戦第2局で、第1局に続いて横歩取りを採用したのには驚いた。羽生がカド番に追い込まれるとは思ってもいなかった。
但し、重要な一番で集中できる事、不調を短い期間で修正できるのが羽生の強さである。第4局の千日手局は危なかったが、何とか防衛。竜王戦の方は伸び伸びと戦えるはずである。
第1局、森内の四間飛車に、羽生が急戦を選択したのは意外だった。この形は2年前の竜王戦第3局、対藤井戦以来指していないはずで、竜王戦で生じた疑問は竜王戦で解決、という事だろうか。
一日目封じ手、何の変哲もない定跡形から、あれだけのねじり合いを演じられるのが、羽生と森内の強さである。
(中略)
7図以下の指し手
△5七歩▲4八玉△2六桂▲2五桂△5八歩成▲同玉△3八桂成▲3三桂成△同金▲4三銀△2二玉(途中図)7図で△8八角が利けば面白いのですが、と感想戦で羽生。対して、▲7八金なら△6六桂、▲6六金なら△4六桂(または△5四歩)があるが、強く▲7一飛と攻め合われて、△6一桂とは使えないし、△7七角成▲5一飛成は先手玉が、危なそうでも詰まないので、やはり駄目である。
本譜の△5七歩▲4八玉△2六桂は羽生の形作り。ただ、何故か控え室は途中図からの即詰みをなかなか発見できず、△2六桂に▲2八金や▲3九金と受けに回る手などを検討していた。
途中図以下の指し手
▲3二飛△同金▲同銀成△同玉▲2三飛成△同玉▲2四歩(投了図)まで、103手で森内九段の勝ち森内も、最初は途中図での▲2三飛成を読み、少々焦ったようだが、流石にしっかり読み切った。
▲3二飛で清算してから▲2三飛成と切るのは、ちょっと盲点になりやすい。金銀だけで不安になるが、▲2四歩でピッタリつかまっている。
なお、即詰みを逃れるとすれば▲4三銀に△3一玉だが、これは▲2三飛成△同金に▲3二飛で簡単である。
いつも「鉄板」などと書かれて、森内はくさっているようなので、「光速の寄せ」と書いておこう。見事な寄せ、そして綺麗な投了図になった。
終局は18時40分。残りは、森内が1分、羽生が23分。5図以降、殆ど検討するところがなかったので、感想戦は第1局より短く、1時間強だった。
充実の森内。ただし、打ち上げでの羽生は、いつもと変わらず明るかった。巻き返しが見ものである。
(文中敬称略。御了承下さい)
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谷川浩司王位(当時)の森内評、羽生評が非常に鋭い。
十七世名人が見る、後の十八世名人と十九世名人。
横歩取りの序盤でいつも不思議に思う、「なぜこの歩を取らないんだろう?」「なぜこの歩を守らないんだろう?」「この歩を取るとどうなるんだろう?」などのことが、例えば「△4四角の瞬間に▲4六歩が良いタイミング。▲3六飛で歩を守ろうとすると△2三銀で却って押さえ込まれる」のようにとてもわかりやすく丁寧に言及されており、このような部分でも感動的な観戦記となっている。
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この年(2003年)の王位戦では、谷川浩司王位が羽生善治竜王名人の挑戦を4勝1敗で退けている。
(王位戦は相手が悪かった?)と味がついているのも、なかなかだ。
また、この年の王座戦で羽生王座は、渡辺明五段(当時)の挑戦を受けている。
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名人を失冠して半年後の森内俊之九段(当時)、ここから竜王、王将、名人を連続して奪取することになる。