将棋世界2004年2月号、森内俊之竜王の第16期竜王戦第4局自戦解説「森内俊之新竜王に訊く」より、森内俊之新竜王のインタビュー。記は読売新聞の西條耕一さん。
竜王を奪取して5日後、千駄ヶ谷の将棋会館で森内新竜王にインタビューした。
春の名人戦では羽生竜王に4連敗し、初タイトルの名人位を奪われた。普通はそのショックで勝てなくなると考えそうなものだが、失冠後、調子を取り戻したのはなぜだろうか。
竜王奪取後の記者会見で、「名人を取られて肩の荷が下りたのがよかったのかもしれません」と言って集った記者を笑わせたが、単なるジョークではなかった。
「名人だった1年間は、400年の歴史と伝統のある地位に恥じないようにと思っていた。常にいい勝ち方を要求される。将棋だけでなく言動も、いつも人に見られているという息苦しさがあった。今年の名人戦で4連敗したのは、それに応えられる力がなかったから」と力不足を認める。
昨年末から今年にかけて連敗し、かなり調子を落としていたものの、名人戦の直前から上向きの兆しは見えていた。
「結果はともかく、全体で見れば後悔する内容ではなかった。第2局の終盤でさほど難しくない勝ちが読みきれず、その後は自分で崩れてしまったのが反省材料だが、実力は出し切れた」
「羽生さんと9時間の将棋を4局指したことで、読みや大局観に自信を取り戻すことができ、自分の中で眠っていたものが呼び起こされた」
それが竜王戦4連勝につながったのだが、予選では苦戦を強いられた。
1組の初戦で敗れ、本戦出場者決定戦に回った。その初戦の相手が鈴木大介八段だった。夕食休憩の時点で必敗形。
「再開後少し指して投げて帰ろうと思っていた将棋を拾った。鈴木さんに『あの将棋を勝って森内さんが竜王になるとは思いませんでした』と奪取した直後に言われました」と苦笑する。
(中略)
これまでの森内は、初戦の勝ち負けによって結果的に番勝負の勝敗が決まっていた。それが気がかりだった。
「最初に勝てるとペースをつかめるが、相手のペースになると、流れを変える力が身についていない」と自己分析する。
「竜王戦ではまず名人戦のイメージを払拭したかったので、初戦が大事だと思っていた。最初に連敗すると周りから、『今度も駄目か…』と追いつめられてしまう」
将棋に集中したいという考えから、今回、森内は会場への移動を羽生など関係者とは別の時刻の電車にするなど独自の行動をとった。現在の将棋界では珍しい。
「自分はあまり器用ではないので一人でのんびり行って、自分のペースで対局に臨みたかった」と将棋に集中するのが目的だった。
(中略)
第4局で勝って4連勝。ついに羽生の牙城の一角を崩した。羽生はこれまで69回タイトル戦に登場しているが、ストレート負けは初めてだ。
春の名人戦と全く逆の結果。同じ棋士が指しているのに4連敗だったり、4連勝だったりするのは…。
「人間同士が指しているので、いつもベストの状態で勝負に臨むのは難しい。同じカードでもタイトル保持者と挑戦者では立場が違う。やはり、どちらかといえば防衛戦のほうが難しいと思う。挑戦者は勝ちながら調子を上げてくるが、タイトル保持者は防衛戦に合わせて調子を上げるのは簡単ではない」と説明する。
そんな中で羽生、谷川は数々のタイトル戦で防衛に成功してきた。「その実績は改めてすごいと思う。調子のいい時に勝てるのはプロなら当たり前。そうでない時にも防衛できる力をつけたい」。
インタビューはここで終わったが、屋外での撮影を終えた森内が、「話し足りないことがあるので、もう少しいいですか」と話しかけてきた。
「自分は大事なものを忘れていたことに気づいた」と言う。「以前の自分は、目先の勝負にこだわり過ぎて、思いやりや責任感に欠ける面があった」と反省の言葉を述べた。
たとえば羽生と初めて戦った1996年の名人戦で封じ手を定刻の数十秒前に申し出たり、ふだんの対局で秒読みに追われて成るべき駒を裏返さずに指したりすることがあった。
大駒の不成のほか、1997年の全日本プロ、森下卓八段戦では相手が取る一手の局面で歩の不成をしたことがある。
他の高段棋士から「秒読みのぎりぎりまで考えたいのだろうが、将棋をゲームとしてとらえ過ぎている」という批判もあった。取られる駒こそ、その性能を最大限に引き出してから相手に取らせるのが作法であり、兵法。またそれが将棋文化である。
「序盤や中盤で時間を使い過ぎて自分を追いつめ、時間に追われて配慮のないことをしていた。きちんと事前に研究して持ち時間を残せばいいことだった」。
それが昨春名人になり、棋界のトップに立って初めて自分の置かれた地位が見えてきた。「棋士は多くの人に支えられて成り立っている仕事。常に感謝の気持ちを持たなければいけない」
また、「自分の将棋は序盤型なのにそれを認めたくない自分がいた」とも言う。
「一分将棋で勝つことがかっこいいと思っていた。羽生さんや佐藤さん、郷田さんに直球勝負で負けたくない、終盤の深い読みで勝ちたいという気持ちが強すぎた」が、今の森内は違う。
「直球で討ち取れなければ、変化球を入れればいい。どんなに強くなっても最後に勝てなければ仕方がない」。総合力で勝つことに気づいた。
竜王になり、また棋界を代表する立場になった。
「今度は二回目なので前の経験を生かしたい」。地位に臆することなく、さらに新しい森内将棋を見せてほしい。
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森内俊之竜王は自著の『覆す力』で、初めて名人となった1年間を次のように表現している。
「一年間背負った名人位は、漫画『巨人の星』に登場する”大リーグ養成ギブス”のようなものだったのかもしれない。ギブスを背負いながらの将棋は大変だったが、外してみると一回り体が大きくなり、それまでよりも速い球が投げられるようになっていたのだ」
2003年の竜王位を獲得した直後に語られた「名人を取られて肩の荷が下りたのがよかったのかもしれません」。
まさに肩の荷とは、名人1期目の森内名人にとって大リーグ養成ギブスのようなものだったのだ。
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「話し足りないことがあるので、もう少しいいですか」以降の話が感動的だ。
前半の森内竜王の謙虚さと、後半の、『覆す力』の序文にも書かれている、「自分の特性を知り、受け入れることができたときに何かが動き始める」ということ。
非常に素晴らしいインタビューだと思う。
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