かなり野蛮な将棋座談会(前編)

将棋ジャーナル1984年2月号、新春おもしろ座談会「善玉と悪玉が居てこそ面白い!!」より。

―まずプロ棋界から振り返ってみましょう、1月から順に。

A 森、中原の棋聖戦。1-3で中原勝ち。

C 森さんは小池アマ名人に鍛えてもらって(本誌企画の一番手直り三番勝負)から、すぐ棋聖を獲ったんですが。初タイトルは半年しかもたなかった。

A 中原はその前に十段を獲っていて、これで二冠王、そろそろ不調脱出のきざしが見えたんだ。

F 棋聖戦の内容は、ハッキリ力が違う感じを受けた。

C ウン、不調の中原でさえ、やっぱりって感じだったね。

D 最終局なんか、確かすごい早い時間に終わっちゃったんでしょ。飛車交換のやつだったかな。

A 中原さんがからむのは、最近早く終わっちゃうのがよくあるね。カメラマンが間に合わないで浴衣姿を撮るしかないような……(笑)

―次に米長と大山の王将戦。

C 例の、王将棋王ダブルタイトルですよ。これは事件だったでしょ。現役引退か…なんて思われていた大山さんですからねえ。

F 片足つっ込んでましたよ。棺桶に。

C 順位戦(57年度)の、対二上戦を負けてA級陥落が決まってれば、あり得なかったことでしょう。

D 会長決戦と言われた一局。あれはヒドかった。

F 途中から、全然将棋になってなかった。なんか、変でしたね、二上さん。

C あの一戦を負けた、二上さんを恨みたい。勝ってくれれば二上残留、大山降級でたぶん会長交替だったでしょう。

A とにかく、ここ5年間ぐらいの重要なポイントになる一戦だね。

F というより、この先10年分ぐらいの棋界に影響をもたらした。

A プロ間ではどう見てたのかな。

E やっぱり、大山があの一戦を負けたら、降級よりは引退、という話が多かったです。本人もきっと、引退したでしょうね。じゃなきゃ、引退する時がない人だ。

F ホントに強いもんね。

E まあ、本気出したら一番強いんでしょう。

A まあ、強いことは分かるけど、あんまりいつまでも頑張られるとちょっとネェ。

―大山さんに関してはこの辺でおわりですか。まだありますか。

C ああ、朝日「リベルタン」誌に載った事件がありました。「大山の女を知らない記者はモグリだ」と升田が言ったとか。

F あれにはビックリしましたね。将棋界を知らない記者だからできたんでしょうね。

E でも面白かったなあ…(笑)

A そうねェ。升田さんが酒飲んで言ったこと、そのまま活字にしちゃうんだからねェ。

―ではそろそろ、明るい話題の名人戦に移りましょう。

A 谷川名人誕生は、予想外の明るいニュースだった。

C 挑戦者が決まってからは希望的予想も含めてだいぶ谷川乗りは多かった。中原、谷川のプレーオフの結果が、予想外でした。中原さんはあの時タイトルを二つ獲って復調してましたから、まさか負けるとは。名人戦自体は、加藤さんが変調気味と言われてましたから、それほど意外ではなかったでしょう。

D それでも僕は加藤が勝つと思ってた。

F 3連敗のあと2連勝した時は、僕もそのまま加藤が勝つと予想していた。

C ああ、あの時はそう思った。すっかり波が変わったぞという気がしましたねえ。

F てっきり谷川負けて、加藤さんと同じ運命をたどって10年位はダメじゃないかと思った。

A 結局勝ったねえ。

―谷川さんは他の棋戦では全く活躍してないのですが……。

E たとえば中原さんは、いま、棋聖戦も決勝、名将戦も決勝、その他ほとんどの棋戦の上位に名前が出てるんですが、谷川の名前はどこにもひとつも出てないです。

C そうですねえ。それは去年も、その前も、そうだった。

E ますますその傾向がヒドくなってます。

C 体力の問題もひとつあるんじゃないかなぁ。あまり丈夫そうじゃないから。順位戦一本に絞ってきたということが、多少あるんじゃないかなあ。

A 他を捨てて?

C 捨ててと言うほどロコツではないんでしょうけど。体力があればね。中原さんみたいにあちこち頑張れるんだけど。彼は細身ですし。

A Y紙のYさんだったかな、ジャーナルの記者座談会で、ちょっとその件に触れてたね。怒ってるってほどじゃないけど、まあ、他の社の担当者は不満を持っても無理ないよね。不満て言うか、淋しいじゃないの、一本に絞られちゃったらさ。

C そうですけどねえ。

A それとも、単に恐るべき強運で名人獲ったか。(笑い)

F 単に恐るべき強運だけで順位戦あんなに勝つんですか。同率決戦も中原に勝ち、名人戦も勝ち、オニ強運?

A 一本調子でつい勝っちゃったという……。

D 絞ったにしても、もうちょっと他でも勝ちそうなもんだけど。

F なんかねえ、恐ろしくよっわい人にやたら負けるんですよ。

C 一体なんなんでしょうねえ、あの人は。

E わかりません(笑い)

A まだまだ未確認物体UFOというところか。谷川の勝ちよりもむしろ、加藤が負けたってことが意表をついたね。

F 2局勝って、そのあと勝てなかったのは、ヘンだったね。自意識過剰に陥ったみたいな……

A 前代未聞のマスコミ攻勢も、加藤さんに微妙に影響してる。

F 1回名人獲ったから、もうこれでいいっていう、目標を失った所もあるかな。1回でも獲ればすごくうれしいですからね。

A まだ1回も獲ってない人、たとえば米長、内藤クラスなんかは、谷川君みたいな若い子が何の苦労もなくいきなり名人獲ったの見て、どうだろう。内心忸怩たるものがあるだろうねえ。

F 気ィ狂っちゃいますよ、もう。自分の人生に疑問持っても不思議はないね。誰だって死ぬほど名人になりたいんだから。

―名人戦以後の加藤さんは…。

C こないだ30分で投了したのは、秋の珍事。

F 2、3回やってますよ、その後すぐまたやってた。

C えっ、そうなんですか。

F はい。なんかもう、王将戦は捨ててるって感じ。

C よほど毎日新聞にウラミでもあるんかな。獲られた「名人」も毎日だから。

D まあ、そんなこともないだろうけどね。

―次は、森安新棋聖について。

A オッ、2連敗のあと3連勝、これはおもしろかった。森安さんの初タイトル。

C ジャーナルの一番手直りに登場した人はすぐその後のタイトルを獲るという…(笑い)

A 森安将棋は、ハッキリおもしろい。あのしつこさ。

F しつこくいて、ただのネバリ将棋じゃない。

B 同じ将棋でも、なぜこんなにおもしろく指せるかと感動するね。

D 思わず笑っちゃうおもしろさがある。

C 今までにない、変わった棋風ですね。新しいタイプの将棋。

F あの、コレ絶対に書かないで下さいネ。

―ハイ書きません、何ですか?

F 2勝2敗になったあと、某所で機会あって森安さんと指したんです。角落ち。で、その指しっぷりに接し、うーん強いなあ、これは棋聖を獲るなと確信したんです、僕は。

A なんだそりゃ。(一同爆笑)

D しかししかし、このF氏を角落ちで負かすプロがいるなんて、信じられない話ですねェ。(笑)どんな感じを受けました?

F その日の森安さんが他の人と指してる将棋も見ましたが、かなり充実してるなあという印象を受けました。

C 居飛車本格派とか正統派って言葉がありますが、森安将棋は、言わば振り飛車正統派じゃないかって思います。大山さんを別格とすれば、振り飛車一本でタイトルを取った人は森安さんぐらいでしょう。あ、大内さんがいたかな。とにかく森安はA級も上のグループに入れていい人だ。

A それと、人物がおもしろいね。特に酒を飲んだ時は最高だ。

C 何か暗い少年時代を送った(笑)って感じしません?

E 森安さんの、奥さんに対する溺愛の仕方を見てると、きっと何か不幸な過去があると感じる(笑)

F 不幸かどうか知りませんけど、若い頃、非常に苦労してた人とは聞いてます。クリーニング屋さんだったか、あ、お菓子屋さんだったか、とにかく仕事をしながら奨励会時代をしのいだ人ですよ。

C 何かがあるって感じの人ですね。話違いますが今一番色っぽい男って、森安さんですね。

A また、気持ち悪いねえ。

(つづく)

—————

「新春おもしろ座談会」と銘打たれているが、非常にワイルドな雰囲気漂う座談会だ。

『将棋ジャーナル』にしかできない、『将棋ジャーナル』ならではの座談会。

—————

この座談会の最後に、

☆出席者は、将棋評論家の今福栄氏、本誌の湯川、横田、下村、中野、専属ライターの新井田基信の皆さんでした。
(リライター 桂子)

と書かれている。

桂子は湯川恵子さんで、編集長だった湯川博士さんの奥様。「報酬なしで原稿起こしをさせられた」と語っている。

将棋評論家の今福栄さん(1944年-2006年)は、講談社の村松卓さんのペンネーム。村松さんは『月刊現代』編集長時代に「プロアマ角落ち戦十番勝負」を誌上で企画、将棋ジャーナルでは小池重明アマ対森雞二八段戦(角落ち)の観戦記「地獄の太鼓が鳴り出した」などを書いている。

新井田基信さんは、全国学生名人、朝日アマ名人戦準優勝などの実績のあるアマチュア強豪であるとともに、北海道将棋連盟で将棋の普及を献身的に行ってきた。2010年、48歳の時に亡くなられている。この座談会は新井田さんが早稲田大学を卒業したかしないかの頃のもの。

編集部の横田稔さんは、湯川博士さんがフリーのライターとして転出後、その後を継いで編集長となっている。近代将棋での観戦記や棋書執筆などでも活躍をしたが、1992年に34歳の若さで亡くなられている。

編集部の下村龍正さんは、元学生強豪で学生時代に小池重明さんを破っている。後に週刊将棋などの記者。

編集部の中野雅文さんは丸田祐三九段門下の元奨励会員。この頃28歳。ペンネームは才谷梅太郎(坂本龍馬の偽名のひとつ)。

—————

将棋ジャーナル1984年3月号の湯川博士さんの編集後記には、

2月号新春座談会のメンバーを推理したハガキをいただいた。
A 湯川
B 今福
C 横田
D 新井田
E 下村
F 中野
というものだが、ずいぶん近いのでビックリ。よく読んで下さってありがとう。

とある。

ずいぶん近い、ということは当たっていると考えて良いだろう。

(つづく)

 

 

 

コメントを残す