佐藤康光棋聖(当時)「これはどうしても書き留めておかねばならない」

将棋世界2004年3月号、佐藤康光棋聖(当時)の連載自戦記〔第53期王将リーグ 谷川浩司王位-佐藤康光棋聖戦〕「辛くも残留」より。

 年が明けて早2週間程。今年は3日に近くにお参りに行く。お祈りしながら頭をよぎるのは昨年のラスト2ヵ月。それにしてもよく負けた。10月ラストの週から7勝8敗と、1つ負け越しだったのだが考えてみるとほぼ毎週頭を下げていた計算になる。その計算で行くと年間約50敗。もし対局数がそれ位あればそれはそれで嬉しいのだがさすがにこれは相当にこたえそうですね。体力、精神力共持たないでしょう。今年はそういう事のない様に頑張りたい。

 そんな中その時期にも良い事はあった。ただ残念ながら将棋の話ではない。

 実は私はゴルフ雑誌にも連載をしていてダブる意味もあり、ゴルフの話は書かない様にしていたのだがこれはどうしても書き留めておかねばならない。

 初めてハーフで39を出したのである。ただ、これはゴルフをされない方に話しても「へえー、そうなの」で済まされてしまうのだが、始めて12年経つが初めての経験、と言うと少しは関心を持って聞いてくれる人もいる。

 場所は茨城ゴルフ倶楽部。過去にプロのトーナメントが幾つも開催されている難コースである。

 私は30台が出る前兆は全くなかった。前半、グリーンの難しさに悩まされ、3パットが多く52。

 いつもプレーしていて感じる事だが棋士のゴルフは将棋の棋風そのまま、といった人が多い。

 終盤、追い込み型の棋士は寄せ、パッとが上手いし、先行型の人はドライバーで飛ばす人が多い気がする。

 ところが後半に入りパーが3ホール連続で続き、その後も悪くてもボギーで治めて16番を終えて3オーバーで17番を迎えた。

 ここはパー3だが190ヤードもある。距離も長く、かなり厳しい状況である。

 ところが7番ウッドで打った球はナイスショットで1メーター半に付ける。これをねじ込んでバーディ。奇跡であった。

 続く18番もボギーでトータル3オーバーで39。

 感想としては17番以外もラッキーがあり、これが5つ位ないと出ないスコア。最近練習もしていない私にはとうてい無理だと痛感させられた。

 ……はずだったのがこの後私は大失敗をしてしまう。次の週にもゴルフに行ってしまったのである。前約束もあったのだがまたいいスコアが出ると思ってしまったのである。全く甘い。

 当然の様に100近いスコアを叩き、あっという間に喜びも半減、いや殆どなくなってしまった。

 対局に勝った次の週に対局で負け、その記憶しか残らないのと同じ感覚である。

 もう少し余韻に浸っておくのであった。

 次そのような記念ごとがあった時には暫くやらないぞ、と思うのであった。しかしまた同じ誤ちを犯しそうで恐い。

(以下略)

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ハーフ39は、そのペースで18ホールを回れば78(6オーバー)のシングルとなるほどの好スコア。

このことを書きたくて書きたくて仕方がなかった佐藤康光棋聖(当時)がとても微笑ましい。

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佐藤康光九段は2010年のゴルフダイジェストTVで、

棋士のゴルフは、将棋のスタイルと似る傾向にあるようです。私の将棋は攻撃型で、序盤からリードを奪って逃げ切るタイプなので、ゴルフも第一打をドライバーで攻めるのが好きですね。あるレッスン書には「成功の確率が2~3割程度のショットを選択してはいけない」と書かれていましたが、競技をしているわけではないので、楽しんでチャレンジ精神を発揮させていただいています(笑)。

とも書いている。

将棋の棋士が碁を打つ時の棋風は、将棋の棋風とは似ないと言われているが、ゴルフでは棋風がそのまま出るというところが面白い。

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ゴルフダイジェストTVには、この時点での佐藤康光九段のベストスコアは83と書かれている。

この時も佐藤康光九段は大いに喜んだことだろう。

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私がゴルフを最後にやったのは1994年の2月か3月のこと。

1986年頃から付き合いで始めたゴルフだったが、本当に向いていなかったのだと思う。

ベストスコアは160台後半だった。正確な数値を思い出せないのだから、そのモチベーションの低さがわかるというものだ。

金曜日の夜、飲みに行きたいのを我慢して早く帰宅して、土曜日の早朝に起きて遠くにあるゴルフ場へ向かわなければならない、というのが憂鬱だった。

私の気持ちがゴルフへ向かなかった最も大きな原因はこの辺にあるのかもしれない。

何でもそうだが、好きにならなければ上達への道は程遠いということを実感した事例でもあった。