将棋世界2005年4月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。
大広間の奥には、注目の二局が並んでいる。森下九段対北浜七段戦と、郷田九段対中村(修)八段戦で、後者は、夕食休みが終わり、夜戦に入るとすぐ局面が動きはじめた。
11図は、後手が△6四角と絶好点に角が出たところで、次に△4六角を狙っているのだが、これに対する郷田九段の応手が見事なものだった。▲4八飛とか▲5七金とか、そんな凡手ではない。
11図以下の指し手
▲2四歩△同歩▲2八飛△4六角▲2七飛△5三金▲5五歩△同歩(12図)▲2四歩△同歩と突き捨てて、▲2八飛と戻す。ここが定位置なのだが、△4六角が目に見えているだけに、この着想は浮かばない。
しかし、△4六角と手順に出られても▲2七飛と逃げ、後手は△1九角成とできない。▲2四飛があるから。こうなると、先手が△4六角を誘ったようにも思えてくる。
控え室の継ぎ盤は、人が入れ替わるたびに本局が並べ直される。それだけ人気が高いのである。
後手は△5三金で▲4四角を防ぐ。すると▲5五歩。これも筋がよさそうな手で、中村八段も△同歩に53分も考えた。形勢はすでに後手が苦しい。
12図以下の指し手
▲6八角△1九角成▲2四飛△6六歩▲同金△6一飛▲2二飛成(13図)控え室では、▲4七歩△1九角成▲2四飛を予想していたが、郷田九段は▲6八角と交換に引いた。なるほど、指されてみればこの方がずっとよい。
角交換は後手不利にきまっているから△1九角成。つづいて△6六歩の突き捨ては、先手で△6一飛と転じる狙いで、苦心が見えるが、▲2二飛成とされて、好転の兆しは見えない。
それにしても単に▲2二飛成も好手で、いかにもプロ筋といった感じがするではないか。谷川将棋とは味の違う、郷田将棋の格調の高さが、11図から13図までの手順にあらわれている。もちろん控え室でも感嘆しきりだった。
13図で△6六飛は、▲5四歩で後手不利。防ぐなら△6三銀が形だが、6一の飛車の利きが止まってつらい。そこで△4三銀としたが、これでは後手が勝てない形になった。
13図から、△4三銀▲6二歩△同飛▲同竜△同金▲2二飛と、好調に攻めをつづけ、郷田九段が危なげなく寄せ切った。
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唸ってしまうほどの見事な手順。
プロの技、感覚とは、こういうものなのかと感心させられる。
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この手順を阪田三吉が指したとしても、これほどの感銘は受けないと思う。阪田三吉らしい手順ではないから。
郷田真隆王将の人となり、棋風、奨励会時代からの数々のドラマ、などの背景があるうえでの、その人が指したその人らしい手順であるから、感動が増幅される。
全く同じ手順をコンピュータソフトが指したとしても、同じような気持ちにはならないだろう。
私は、コンピュータ将棋ソフトの存在を否定するものではないが、コンピュータから「森さんのこと、会った時から好きだったんです」と言われても嬉しくないのと同じように、コンピュータソフトがどのような新手を繰り出そうが、個人的には人間が指した時のような思い入れをもって見ることはできないと感じている。