河口俊彦六段(当時)「郷田君は、冗談じゃない、と真剣になった」

将棋世界2000年3月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 余談はさておき、新年最初の勝負将棋はA級順位戦の田中(寅)九段対森下八段戦。次いでこの日の、棋王戦挑戦者決定戦(島八段-森内八段戦)の第1局で、年が明けたら賑やかになってきた。

 挑戦者決定戦なので第二対局室が控え室になっているが、夕方近くになっても閑散としている。中原永世十段が、先崎七段と継ぎ盤を囲んでいるだけだ。他に報道関係者が少数。先崎君はちょくちょく席を外すので、中原さんが一人で考えていることが多い。

 そうしているうち、対局を終えた郷田八段が顔を覗かせた(対伊藤果七段戦、郷田勝ち)。中原さんは気がつき「相手をしてよ」と誘った。こうして、継ぎ盤は、中原対郷田戦となり、戻って来た先崎君が横から口をはさむ、という格好になった。

(中略)

 中原さんと郷田八段が和やかに冗談を言いながら駒を動かしているのを見ていると、何だか不思議な気がしてくる。この二人は1週間後に、首のかかった勝負将棋を指すことになるのだ。そういった意識はないのだろうか。

 それと、週刊誌におもしろくない記事が出た直後だが、中原さんには、気にしている様子がない。この大天才は、すべてを超越している。

(中略)

 すらすらと進んできたのが、▲8四馬のところで島八段の手が止まった。控え室でもいろいろな意見が出る。しかし▲8四馬の後、うまい一手すきが見つからない。森内有利か、とみんなが思ったとき、先崎七段が「おっ!見えたぞ」ポンと膝を打った。本当にポンといい音がしたのである。どうも先崎君はすこし太めだなあ。

 郷田君は、冗談じゃない、と真剣になった。ここで先を越されちゃA級の面目にかかわる。数秒遅れで「あっ!そうか」、わかった、という顔になった。

「金を取って馬入る手(▲5一馬)が一手すきですよ」「そうだね」とうなずき合う。

(以下略)

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約1週間半前に発売された週刊新潮のソフト使用疑惑問題の記事で、ベテラン棋士の談話として、

「なおかつ、7月11日の竜王戦決勝トーナメントの準々決勝で三浦九段に敗れた郷田真隆王将、9月19日にNHK杯で対戦した橋本崇載八段なども連盟に三浦九段の処分を求めたのです」

と書かれてるが、この部分はありえない話(=誤報)だと思う。

郷田真隆王将は、2015年の王将戦第1局(コンピュータソフト発の新手▲5五銀左が出た一局)に敗れた後、将棋世界2015年3月号の大川慎太郎さんの観戦記で「今回の対局は渡辺さんに負けたんです。ソフトに負けたとは思っていません」と語っている。

「今回の対局は渡辺さんに負けたんです。ソフトに負けたとは思っていません」は非常に郷田王将らしい言葉で、そのような郷田王将が、対局相手がソフトを使っていたから自分が敗れた、などと考えるはずがないと思う。

そもそも郷田王将は、ソフトによる研究には肯定的でなく、ソフトに触れたことがあるかどうかさえも分からないほど。

また、郷田王将の気質は、自分が敗れた対局についてそのような形で蒸し返して対局相手の処分を求めたりはしないタイプ。(内部告発が悪いという意味では決してありません)

そういうわけで、あくまで推測ではあるが、郷田王将が処分を求めたというのは誤った話だと私は強く思っている。

週刊誌に誤った記事が出たとしても、いちいち訂正を求めないのも郷田王将らしいところ。

ベテラン棋士も、過去に三浦九段と対戦した5人前後の棋士から調査依頼があったという報道から、三浦弘行九段との直近5人の対局者の名前を挙げ、可能性があるかもしれない、と言ったのを、記者が断定形で書いたとも考えられる。

昔、仕事で上司が、部下からの報告を受ける際に次のように言っていた。

「それはあなたの感想なのか、それともどこの誰がいつ言っていたことなのか。どこの誰が言っていたとしたら、その人はどのような理由でそのことを言っていたのか」

これはポジティブな内容、ネガティブな内容、中庸な内容問わず、その上司は言っていた。

週刊誌の取材も、これくらいの検証をした上で記事を書いてほしいものだ。

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と書いていたら、橋本崇載九段も今日の午前3時頃、twitterで次のようなことを述べている。

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やはり、週刊新潮の記事に誤りがあることは明らかのようだ。