将棋世界1998年10月号、高橋道雄九段の村山聖九段追悼「村山将棋、恐るべし」より。昨日からの続き。
◯角換わり腰掛銀
ここ数年の村山将棋を見ていて、感嘆を遥かに越えて驚嘆しているのが、角換わり腰掛銀における強さ。
殊に後手番の勝率の高さは、驚異的と言う他はない。
丸山忠久八段戦が圧巻である。
両者は、平成8年9月27日から平成9年12月29日までの期間で4度対戦し、村山3勝1敗の数字を残している。
全局丸山先手であり、角換わり腰掛銀であった。
その作戦の主流は、6筋位取り(9図・平成8年9月27日、王将リーグより)で、対丸山戦に限らない。
この△6五歩は、先手陣の駒組の進展をストップさせる長所がある反面、8一の桂が跳ねる場所を失い、攻撃性に欠ける。防御型の一着である。
言わば、「私の方は位を取りましたので、後はじっとしてます。そちらさんは如何様にも組んでいいですよ」と胸を張って座り込んでいる態。
このような指し方を、角換わり将棋のスペシャリストとして天下に名だたる丸山八段に対しては、普通は用い難い。
しかし、村山八段は勝つのである。
(中略)
◯VS羽生四冠
自分の立場を抜きにして、客観的に将棋界を観察すれば、羽生四冠と互角に渡り合う村山八段は、実に頼もしき存在と言えるだろう。
12図は、平成9年2月の竜王戦での対決。
ここから先手の指し方が巧妙だった。
12図以下、
▲5六飛△2四飛▲2七歩△4二角▲7五歩△8二歩▲7六飛△7五歩▲同飛△6一金……………8筋の低い所に歩を打たされ、せっかく寄った金を戻されて、先手完勝を感じさせるこの数手の応酬だ。
ところが……。
13図。後手が地力を発揮し挽回、の図である。
特に7筋の底歩の姿が先手は辛く、むしろ後手が優勢となっている。
ここで羽生四冠、強攻策に打って出た。
13図以下、
▲7三角成△同飛▲5二銀△同玉▲3二飛成△7一飛▲5五銀△1四角▲2二竜△3六歩▲2五桂△3七銀と進み、以下後手勝ち。
強襲を飛車引きで一旦踏み止まり、後素早い反撃を決めて制勝。
羽生-村山のタイトルマッチは、私達から見ても掛け値なしに素晴らしい取り組みであり、ほんの近い将来、実現するはずであったが。
(以下略)
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飛ぶ鳥を落とす勢いの丸山忠久八段(当時)の角換わり腰掛銀、しかも後手番を持って勝ち続けたのだから、想像を絶するほど凄いと言っても過言ではない。
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VS羽生四冠の将棋は、映画『聖の青春』にも出てくる一局。
映画では、この対局は北海道で行われた設定となっており、打ち上げの終盤に二人は抜け出して、居酒屋で飲むシーンとなる。
倉本聰さんのドラマか映画に出てくるような他には客のいない居酒屋。外は雪が降っている。
この映画の名シーンの一つだが、テーブルの上のつまみがお新香だけだったような気がする。
打ち上げで食べているから居酒屋では軽めのつまみで、ということなのかもしれない。
たしかに、テーブルの上に石狩鍋やジンギスカンや毛蟹などがあったら、あのシーンの邪魔になるだけの恐れもある。
現実の世界で実際に二人が食事をしたのは大阪の福島食堂での焼き魚定食。
映画では、最後の対局の場面でこの時の居酒屋でのシーンが複数回挿入される。
回想シーンのような位置付けなので、大阪・福島のコテコテの定食屋よりも、透明感のある北海道の居酒屋である方がより印象深くなるわけで、練りに練られた映像なのだと感心した。