非常に明快な板谷進八段(当時)

将棋世界1985年4月号、スポーツニッポン新聞大阪本社編集委員の後藤真顕さんの「第34期王将戦〔米長邦雄王将-中原誠王座〕第3局、第4局を見て 盤側に思う」より。

 内輪話だが、新聞社のデスクは大慌てだった。なにしろ昼食休憩時の指了図と封じ手場面の局面が一手しか違わないのだ。「なんとかならんかねえ」といわれて現地デスクも「どうしようもないなあ」と苦笑いしたものだ。

 第2日の午後4時近く、板谷進副立会人をつかまえて形勢を聞いた。「中原よしだね。もう断定してもいいだろう」と明快な返事が返ってきた。こちらは早版用の原稿を準備したい。「逆転の可能性は?」と食い下がった。また明快に「ゼロだね」

 結果は板谷のいうとおりだった。だが終局後の感想戦で、米長が容易ならぬことをいった。そのころの局面を「このあたりは自信があったんだ。少しいいんじゃないかな」。板谷は目をむいて「ホントかよ。信じられねえな。中原さん、どうです?」と顔を見る。「そうですね。ボクもそう思います。いい勝負だったね。いや少し苦しいかな……」

 板谷が嘆いた。「驚いたね。あんたたちの頭の中はどうなっとるのかね。ワシにはとても理解できんよ」

 米長ともっとも親しい友人の一人である板谷だが、腹の中では「ヨネさんの負け惜しみ、中原さんはヨネさんの顔を立てたんだ」と思っているだろう。真相は私にはとても判らない。だが、このやりとりの中に、私は米長の王将戦にかける……いや勝負への執念をみた。素晴らしい男だと唸った。

(以下略)

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この対局の二日目午後4時近くの局面がどの局面なのかは示されていないが、将棋世界の同じ号に載っている米長邦雄王将(当時)の自戦記を見ても、一日目の局面の非常に細かい変化は書かれているが、二日目の手順の記述はとても淡白。

実際には板谷進八段(当時)の見立て通りで、中原誠王座も米長王将を顔を立てたのだと考えられる。

そもそも、中原誠十六世名人は形勢判断に関しては棋界一と言っても良いほどの楽観派。

控え室の誰もが中原十六世名人にとってやや不利と判断するような局面でも、中原十六世名人にとっては有利な局面。かなり不利な局面で形勢互角。これらのことは感想戦で何度も明らかになっている。

その中原十六世名人が「そうですね。ボクもそう思います。いい勝負だったね。いや少し苦しいかな……」と言うのは、どう考えても米長王将の顔を立てた発言。

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それにしても、「中原よしだね。もう断定してもいいだろう」、逆転の可能性を「ゼロだね」という板谷進八段の小気味良さ、明快さが爽快だ。

「東海の若大将」と呼ばれた板谷進八段らしい光景。