将棋世界2003年5月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。
やがて夜の11時になると、すこしずつ全体の形勢が見えはじめた。中川七段、北浜六段がやや優勢。そして、4勝は助かり、3勝はアウトだ。ということは、北浜六段と戦っている塚田九段は3勝だから負けられない。相矢倉のいい将棋を指していたが、寄せ合いに入るころ、手筋の銀をかけたのがまずかったらしく、そこから不利になった。
にもかかわらず、北浜六段は、首を傾げたり、うつむいたり、ため息をついたり、と自信なさげである。ファンがその表情を見たら、必敗と悲しんでいるように思うだろう。ところがそうでない。これがいつもの姿なのである。形勢がよいときもわるいときも変わらない。それでいて指す手は、鋼のように硬い。常に最強で応じる、といった感じがある。久保七段と似ているが、ちょっと違う。
(以下略)
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対局時の棋士は大きく次の3タイプに分かれる。
- 形勢の良し悪しがそのまま表情や姿勢に出る棋士
- どのような形勢でも表情や姿勢が変わらない棋士
- 形勢が良い時にその反対の表情や姿勢になる棋士
1の代表格は、升田幸三実力制第四代名人と渡辺明竜王。
2の棋士が一番多い。
3の代表格は、優勢な時ほどボヤキが出る石田和雄九段や山崎隆之八段。
郷田真隆九段も、優勢な時に悲しそうな表情をすることがあるので3のタイプだと思う。
そういった意味では北浜健介八段は見かけは3だが、常に変わらないので2ということになる。
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対局中のこれらの表情やボヤキは、すべて無意識のうちに行われている。
私もNHK杯戦の観戦をした時に、「あの好手を放った直後、とても辛そうな渋い表情をされていましたが、何か気になる変化でもあったのでしょうか」のような質問をしたことがあったが、対局をしていた棋士はそのような表情をしたことは全く覚えていない。複数の棋士に対局中の表情の変化のことについて聞いたが、その複数の棋士全員が自分の表情の変化については覚えていなかった。
たしかに、例えば入学試験の最中に自分がどのような表情をして問題を解いていたかなど考えもしない、無意識の世界の中なので、そのような最中の表情や仕草など人に聞かれても覚えていないのは当然といえば当然である。
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北浜健介八段は、普段はニコニコした雰囲気の非常に温和な人柄。対局中だけ表情が変わるということになる。
下の写真は北浜八段の2005年の結婚式の時の写真の一部。(2005年の将棋世界に掲載された写真)
普段もこのような表情だ。