皇后陛下が、10月20日、誕生日にあたり、この1年を振り返っての感想を文書で寄せられた。
その中では将棋に関することも次のように触れられている。
将棋も今年大勢の人を楽しませてくれました。若く初々しい棋士の誕生もさることながら,その出現をしっかりと受け止め,愛情をもって育てようとするこの世界の先輩棋士の対応にも心を打たれました。
藤井聡太四段の活躍のみならず、先輩棋士についても言及されているのが嬉しい。
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今日は皇室に関連して、34年前の園遊会の模様を。
近代将棋1983年7月号、原田泰夫九段の「棋談あれこれ」より。
宮内庁からの案内状を文部省経由で頂戴した。菊の御紋章入りの厚い鳥の子に「来る5月13日赤坂御苑において天皇陛下御催しの園遊会にお招きになりますから御案内申し上げます。年月日、宮内庁長官、富田朝彦」宛名は毛筆楷書で原田夫婦の名前がある。
まことに光栄感謝。先年、塚田先生(故名誉十段)がお招きをうけ発表された写真を想い出した。公の席に愚妻同伴の少ない原田であるが、今回は揃って参上した。
宮内庁式部職のご親切な説明書に従う。服装は男子がモーニングコート、紋付羽織袴、制服又は背広。女子はアフタヌーンドレス、白襟紋付又は訪問着。
当日の朝は雨、しかし赤坂御苑の東門から参入した午後1時頃には、しだいに晴れて広々とした芝生の緑、形のよい新樹の緑がひときわ鮮やかであった。
芝生の上に用意された三ヵ所の茶店で種々の飲物をご馳走になりながら歓談するうちに天皇陛下は午後2時10分会場にお着きになり、ゆっくり丁寧にお言葉をかけておまわりになった。
二つの大きな池を同時に眺められる要所にテレビ、カメラが数十台、折りからの蒸し暑さに加えその辺は五重、七重のお偉ら方の人の波。当方はお道筋で比較的人が少なくカメラの来ない位置を選んで整列した。それでも二重、三重の人垣であった。
お出ましになって約30分ほどして、侍従職の方々がご先導、陛下と皇族がお近づきになると周辺にしーんとした空気が流れる。
入江侍従長が原田を発見されて笑顔を向けられた。やや背の丸い陛下が一人、一人の顔と胸の名札を確認されてゆっくりお歩きになる。さぞお疲れと拝察した。
陛下と約2メートル間隔に後続の方々が、胸の名札をたしかめながら続かれる。ありがたいことに眼前に皆様が足をお止めになりお言葉を賜った。光栄、感激、招待者の各界代表が羨ましいような驚いたような―当日こんなに沢山のお言葉頂戴の者はいなかったのではないか。眼前近くにお姿を拝し、記憶に残るお言葉の数々。
入江侍従長 将棋連盟元会長の原田九段でございます。
天皇陛下 ああ、そお、将棋の―将棋の世界は―将棋を指すと疲れますか。
「初級者や弱い人と指せば疲れませんが、強い人と指しますと疲れます」
陛下 ああ、そお。
とおっしゃって笑顔になられ更に当方にお近づきになる。
「将棋界は少年少女の間にもだんだん盛んになり女流プロ棋士も生まれております」
陛下 ああ、そお、九段位、随分上の方なのね。
もっと将棋関係のお話しをなさりたいご気分にお見受した。
皇太子殿下 将棋のね、いろいろ本を出していますね。今も対局をしていますか。今日は来てくれてありがとう。
「恐れ入ります。プロ同士の対局は引退して致しません。指導対局はしております。近頃は話を頼まれまして、主に教育関係の場で講演などをしております」
皇太子殿下 それは結構ですね。
皇太子妃殿下 将棋のお方、今日はおめでとう―これからもお身体に気をつけて。
「はい、お招きいただきありがとうございます」
浩宮さま 今日はおめでとう、会長を長くしましたね。
「恐れ入ります。宮様には外国へご勉強に、どうぞお身体をお大切になさいますように」
浩宮さま はい、ありがとうございます。
常陸宮殿下 どうぞ活躍してください。
秩父宮妃殿下 原田さん、前に御殿場に来てくださいましたね。名前を見る度に元気にしていらっしゃると思っておりました。
「ありがとうございます。その節はおもてなしをいただきまして」
高松宮殿下は「やあー」というお顔でニッコリなさった。東京新聞棋戦で高松宮杯を頂戴当時、本部の番頭として何度か光輪閣に参上「女性に将棋を指導普及」のお智慧拝借したありがたい想い出がある。
陛下と皇族の皆様が将棋がお好きで関心をお持ちのことが、お言葉とご様子でよく分かった。さりげなくご紹介された入江さんのご厚意を感じた。戦前の忠君愛国、軍国時代は天皇陛下を眼をあけて拝むと眼がつぶれるときいたが、将棋盤をはさんで見る相手よりも間近に陛下からお言葉、皇太子さまはじめ宮さまがたにお声をかけていただき、界・道・盟に徹して悔のない思いであった。
皇室のご繁栄を心からお祈り申し上げる。
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文字を打ち込んでいる私まで、ほのぼのとした嬉しい気持ちになってくる。
原田泰夫九段は前年の秋に藍綬褒章を受章しており、そのために園遊会に招かれている。
原田九段は1996年春には勲四等旭日小綬章を受章している。
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入江相政侍従長は、戦前戦後を通じて昭和天皇の側に仕えていた。
将棋ペンクラブ会報2003年春号の対談で、ゲストの、将棋を世界に広める会理事長の眞田尚裕さん(学習院で今上天皇のご学友)が次のように話している。(ホストは高田宏将棋ペンクラブ前会長)
眞田 昭和天皇が将棋を非常にお好きだったんですね。入江侍従をつかまえては将棋をやられる。入江侍従はたぶん昭和天皇よりも強かったけど負かすわけにはいかないので上手に負けていたのではないかと噂されています。本当のところはわかりませんが。「入江君は下手だねえ」とおっしゃったという話が可笑しいですよね(笑)
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羽生善治棋聖は六冠だった1995年に園遊会に招かれている。
→園遊会で招待者の将棋6冠の羽生善治棋士に声をかける天皇、皇后両陛下=1995年10月25日(朝日新聞)