松田茂役九段「いやー、ぼくムチャ茂って仇名が付いているだろ。あれは困るんだよほんとに」

今年の5月29日に亡くなられた元・近代将棋編集長で将棋ペンクラブ幹事の中野隆義さんから、このブログのコメント欄に寄せられた数々の棋士のエピソードより。

大山名人が若い頃にムチャ茂こと松田茂役流と対戦して負かされた話は、大山名人の自伝にも出てきてます。そのときの勝負に勝ったムチャ茂流だけがご馳走攻めにあったことが余ほど悔しかったんですね。
相手と同じ色の和服を着ようという発想は、将棋指しに宿っている相打ち精神からなるものと思います。これは将棋に限ったことではないでしょうが、こちらだけ楽に勝つのはなかなか大変ですので、相手にも自分だけ楽に勝つのはなかなか大変という状況を作ろうとするわけです。
ムチャ茂流には一度、棋譜解説をしてもらったことがあります。
「いやー、ぼくムチャシゲって仇名が付いているだろ。あれは困るんだよほんとに。だって、ファンの皆さんはあの仇名を見て、ぼくの将棋がムチャな将棋だって思っちゃうでしょ。そうじゃなくて、あれは、ぼくがマージャン打っていてあまりにも降りないで上がろうとばかりするから、それで付けられちゃった仇名なんだよ。そりゃぼくだってマージャンでも守りが大切ってのは知っているさ、でも、あれ、遊びでやってんだから守ってばかりじゃ面白くないでしょ。ぼくの将棋はね、ヒジョーに緻密な構想と読みの入った将棋なんだよ。そこんとこしっかり書いといてくださいね」
私め「・・・・・・あの、先生のではなくて・・こ、この将棋の解説を・・」
「あっ、そうだそうだ。ははは、そうだったね。そうそう、君の将棋さっき見てたらさ、顔に似合わずなかなかやるじゃないか」
「は?」
「だから、君、強いんだから、君が思ったように書いておいてくれればいいから」
そ、そんな無茶な。
ムチャシゲ恐るべしの一幕にございます。

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松田茂役九段はツノ銀中飛車の開祖。

「君の将棋さっき見てたらさ、顔に似合わずなかなかやるじゃないか。だから、君、強いんだから、君が思ったように書いておいてくれればいいから」

プロ棋士から言われたら嬉しいような、しかし仕事のことを考えると憂鬱になるような、非常に微妙な言葉だが、記事を書かなければならない記者にとっては、やはり憂鬱度120%だと思う。