「結局、将棋は強い者が勝つんだな」

今年の5月29日に亡くなられた元・近代将棋編集長で将棋ペンクラブ幹事の中野隆義さんから、このブログのコメント欄に寄せられた数々の棋士のエピソードより。

大山康晴十五世名人は居飛車穴熊に対しても、普通の振り飛車で対抗して勝っていた、という記事に対して。

そうなんですよね。田中寅彦流の居飛車穴熊旋風が吹き荒れ振り飛車がけちょんけちょんになっていたころ、大山十五世名人だけは居飛車穴熊に対して五分以上に渡り合っていました。そこで、ある奨励会員が、大山十五世名人が居飛車穴熊に相対した棋譜を集め、その指し方を盗もうとしたところ、大山流の指し方は、美濃囲い~高美濃~銀冠へとふつーに囲いを進めていくだけであったのでした。「これじゃなんの参考にもならないーーっつ」と嘆いたあと、その奨励会員は呟きました。
「結局、将棋は強い者が勝つんだな」と。

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私は振り飛車党だけれども、美濃囲いまたは片美濃オンリーで、高美濃、銀冠にはしない。しないというか、するとほとんどのケースで負けている。

私が高美濃・銀冠にしないのも、振り飛車名人と呼ばれた大野源一九段の影響が大きい。

大野九段は高美濃にはしなかった。持久戦になってもダイヤモンド美濃。もちろん銀冠にもしない。銀冠っぽくなったとしても美濃囲いの玉の上に銀がある銀冠美濃という例があるだけ。

ダイヤモンド美濃も銀冠美濃も、美濃囲いを堅持したまま銀を1枚加えた形だ。

美濃囲いのまま戦うのは、私にとっては勝手に大野九段リスペクトと思っているところであり、天国の大野九段から見たら、「下手な振り飛車を指すな」と大迷惑かもしれない。

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そういう意味では、大山康晴十五世名人の居飛車穴熊に対する指し方は、私の理解を超越したものだった。

よくこのような辛抱ができるなあ、と思いながら見ていると最後は勝っているというパターン。

やはり、強いから勝つんだなあ、という感想になってしまう。