先崎学六段(当時)「そんなに急いで酔っぱらわないでくださいよ夜は長いんだから」

1995年の竜王戦挑戦者決定戦は、佐藤康光前竜王(当時)と先崎学六段(当時)の戦いだった。

1勝1敗で迎えた1995年9月22日の挑戦者決定戦第3局、佐藤前竜王は和服で、先崎六段はカジュアルな普段着。

勝負は佐藤前竜王が勝って羽生善治竜王への挑戦を決めた。

将棋世界1995年11月号、大崎善生編集長(当時)の「編集部日記」より。

9月22日(金)

 竜王戦挑決で先崎六段が負けた。観戦をお願いした中野さんと三人で新宿へ繰り出す。何軒ハシゴしたろうか、店にいくたびに知り合いに出くわし、一人二人と先崎六段を囲むメンバーが増えていく。映画や麻雀の話で皆でケラケラと笑っていた。「佐藤さんは強い」と先ちゃんが時々思い出したように呟くから、「そうだね」と一言答え、またホラー映画の話が始まるのだった。

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今年の5月29日に亡くなられた元・近代将棋編集長で将棋ペンクラブ幹事の中野隆義さんが、このブログのコメント欄にこの日の思い出を書かれている。

あの日のことは、未だ記憶に残るいくつかの場面があります。
序盤から懸命にポイントを稼ごうとして動いたのが功を奏し、先崎が指せる将棋になったのではないかと見えていたこと。
佐藤が自陣二段目の銀を三段目に上がり反撃の狼煙を上げたかと見えたその手がなんと決め手級の一手であり、そこで勝負が決し驚いたこと。
形を作りに行った先崎の手に対して、控え室ではあえて斬り合わずとも冷静に応じて十分であるとの手が示された。それは血も涙もない手であって、もし佐藤がそのような手を指したら観戦記を書くのをやめようと決意したこと。
佐藤が斬り合いに出る手を指したのを見てうれしかったこと。
感想戦にて、先崎に、どうしてその手を指したのと尋ねた者がいて、思わず殴り倒してやろうかと思ったこと。
大崎さんに、今夜は中野さんも先ちゃんに付き合ってあげてよと言ってもらえたこと。
飲みはなからハイピッチで杯をあおる私に、そんなに急いで酔っぱらわないでくださいよ夜は長いんだから、と先ちゃんから窘められたこと。
酔っぱらった私がしきりにカラオケができるとこ行こうと叫んだけれど声が小さかったのかとんと聞き入れてもらえなかったこと。
電車がとうになくなった時刻に先ちゃんが友人に電話をかけて呼び出したらすぐに友人がやってきたこと。
その友人は面識のある人だった。挨拶をしようとしたのだがすでに私めはろれつがまわらない状態に陥っていたこと。

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勝負に敗れた棋士を慰める言葉など世の中に存在しない。

無言で先崎六段を慰めようと、中野さんがいつもよりも急ピッチで酒を飲み始めたのかもしれない。

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中野さんはこの頃は日本将棋連盟の職員だったが、翌年、経営が悪化していた近代将棋へ戻り編集長を務めることになる。

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中野さんが将棋世界で書かれたこの対局の観戦記→無頼派の秋