将棋世界1999年8月号、バトルロイヤル風間さんの「月刊バトルロイヤル」より。
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将棋世界1999年9月号、二上達也九段の巻頭エッセイ「虚か実か」より。
8月になれば15日、報道紙面をいろいろとにぎわす。
先月7の月の事を書いたら本誌面はすでに8月号なのだから、はたして読む人が残っているかどうかとバトルロイヤル氏が述べている(8月号参照)。
残念ながら筆者はそれに気付かず、バトル氏の読みに一本取られた形である。
この発行日付を先にする習慣はいつ頃できたのかちょっと分からない。
一時はどんどんエスカレートして2ヵ月ぐらい先の号を打っていた頃もあった。
やはりそれは少々ひどいということが、現在の形になっている。
まあ打ち明け話、競争誌との関係で、一日でも早く発行することが、直接の売上高につながる意図もあったようだ。
また、正月号など、印刷所、取次店、さらに編集者も年末年始の休みに入るため、誌面作りは12月中頃までに終えていなければならない。
現実の12月に新年の御挨拶もないものだが、おかしいおかしいと思いながら続いているのは妥協の産物だろう。
あと何百年か経って、発行日を当てにして歴史検証をしようものなら不正確を生む元になりはしないか。
まあ歴史は十年二十年、百年さらに千年単位で考察するから1ヵ月ぐらいのずれは問題にならないとは思う。
(以下略)
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バトルロイヤル風間さんの「1999年7の月の後の8月号なんて、かいても読む人が残ってるんだろうか……」は、ノストラダムスの大予言のこと。
将棋世界8月号の発売が7月3日だとして、7月になった途端に”恐怖の大王”が現れたら、たしかに読む人は一人もいなくなる。
とはいえ、時節がテーマの巻頭随筆の場合、7月号に7月のことを書いたほうが良いのか8月のことを書いたほうが良いのか、なかなか微妙なところではある。
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発行日付を先にするのは、本の“鮮度”をアピールすることが狙いで、出版社の独自裁量に任されているという。
つまり、その号が次の号が出るまで書店に置かれているとして、次の号が出る直前になっても「あっ、古い」と思われないようにするということだ。
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7月号と8月号ではあまり季節感に差は出づらいが、12月に発行される1月号だけは、たしかに新年の気分が満載なので、約束事とはいえ、やや早いかなという感じがする。
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その点、ネットのコンテンツはリアルタイムで季節感を出すことができる。
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などと書いているけれども、このブログの季節感の無さは昔からであり、明日も元旦らしくない内容になる予定です。