1986年の小田急将棋まつり

将棋世界1986年10月号、バトルロイヤル風間さんの「真夏の将棋まつり見物男」より。

 昭和61年8月18日午前9時50分。新宿小田急デパート1階エレベータ前。将棋まつりの取材とゆーか見物を仰せつかいましたが私、バトルロイヤル風間は、開店を待つ数十人の人々の中に交じっています。やはりデパートの催事に参加する時は開店待ちの時間を待って気持ちを盛り上げるのが基本姿勢なのだ。ざわついた人の中に扇子をもった少年がいるところが雰囲気を出している。

 エレベータは会場の6階直通だった。箱の中はおじさんを中心に老人からガキンチョまで。何人かが持っている扇子が”ヤル気”を感じさせますね。ドアが開くとテレビ売り場のよーなファミコンの列。同時開催のファミコン祭り(?)のスペースのようだった。そっちへ小学生が少しは流れたが、多くは将棋まつりの会場の方へ小走りに行く。何故小走っちゃうかというと、無料かつ自由参加のトーナメントがあるからなんです。

 今年の小田急将棋まつりは8月15日(金)より19日(火)まで5日間開催されました。毎日ゲスト棋士の名を冠したトーナメントがあり、この日は米長十段杯争奪戦。128名参加して、負けたらサヨナラの甲子園ルール。しかし、ここで問題が生じた。勘のいい読者ならお気づきと思うが、もしこのバトルロイヤルが勝ちつづけたら、将棋ばかり指してて他のイベントを取材できないのではないかということである。この問題はまもなくクリアできた。ありがとう、アゴのしゃくれた大学1年の君、オマエだ!18のクセに朝からデパートに将棋指しに来やがって、若者は海に行けいっ。

究極のメニュー

 さて、10時半にしてヒマを得た私はメニューを見る。

11:00 小学生大会
解説:剱持松二七段
12:00懸賞対局(手数当て)
関根茂九段-剱持松二七段
解説:宮坂幸雄八段 聞き手:小松方正(俳優)
13:30 詰将棋鑑賞(純銀詰)全駒仕様作品
七条兼三(詰将棋作家)、森田正司(詰将棋作家)
14:30 紅白混成リレー対局
(紅組)
・高群佐知子女流3級
・高嶋秀武(ニッポン放送)
・庄司俊之三段
(白組)
・斎田晴子女流3級
・小松方正(俳優)
・先崎学二段
解説:米長邦雄十段 聞き手:森田正司
15:50 講演 米長邦雄十段
16:00 特選対局
米長邦雄十段-宮坂幸雄八段
解説:佐瀬勇次八段
聞き手:高嶋秀武
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10:00 米長杯争奪戦
11:00 敬老杯争奪戦(60歳以上)

 一部人が代わったのですが、代わって来た人の名前を書いときました。この他にも指導対局や懸賞問題があります。

 んん、なかなか面白そう。涼しいデパートでのんびり一日を過ごすには最適。究極のメニューといえまいか!?というフレーズが言いたかったんです。

歴戦の将棋まつり男

 最初のメニューの小学生大会決勝がはじまるまで会場をぶらつくことにする。ここは、一般の人が指せる対局場に盤が100面ぐらいあり、全体の大部分のスペースをとっている。さすがデパートでなんとなく清潔感がある。他に、古棋書特設コーナー、盤駒の即売コーナー、席上対局場にならんで大盤解説の大盤、それを見るための席、あと「将棋茶屋」といういかにもというネーミングの仮設飲食店もあります。

 古棋書特設コーナーには、本当に古棋書があった。おかげでそのコーナーはなんとなく茶色っぽい。将棋大成会公認の「将棋世界」なんてのがある。昭和12年のをめくってみると、目次に、神田辰之助、花田長太郎、土居市太郎、木村義雄なんて名前が並んでいる。将棋の歴史を訪ねてというムード。他にも「将棋手ほどき」「将棋虎之巻」などという風情のある薄い本もありました。昭和44年からの将棋年鑑も並んでいて、これなんか名簿の写真を見てるとえらく面白い。今とくらべてやせてる先生が多い。何だか違う人じゃないかと思われる方もいる。笑ってるうちに時が過ぎた。またあとで来ようと思いつつ、席上対局のあるほうへ。

 この席上対局場つうのがリッパ。床の間つきの八畳間で縁側もついている。掛け軸には大山十五世名人の筆で「将棋まつり」と大書きしてある。真ん中に正式っぽい盤、駒、駒台、脇息、座布団まで完備。ああ、こーゆーところに住みたい。

 んで、そこには二人足してもぼくの体重におよばないに違いない子供が座ってた。大盤解説は色の黒い剱持七段。見物用の席というのが手前が七畳ほどの畳、そのうしろが赤い毛せんをかぶせてある長い台、そのまたうしろが、プロレスの凶器に使われる折りたたみのイス。長い台とイスはほぼ人が埋まっているけれど、畳の上にはおじさんが一人いるのみ。畳のほうが楽だし、そばで見えるしいいと思うんですけどね。ちょっとためらってぼくも畳に座る。以後5時過ぎまでぼくの定位置となりました。

 先客のおじさんは何者であろうか?半分寝そべってるよーな姿勢でリラックスして、大盤を見ている。横顔は桐山棋聖に似て立派な印象。この人も一日畳の席にいたんですが、指導対局の抽選に行くからと、この場所をとっておいてくれと、見ず知らずの人にサッと依頼して席をはずしたり、大盤解説の棋士の先生に、平気で質問や注文をつけていた。プロだ!この人は将棋まつりのプロに違いない。この道10年幾多の将棋まつりを制覇してきた歴戦の勇士、筋金入りのヒマ人に違いない!と思って後で聞いてみたら、将棋まつりは2度目のフツーのお方でした。単にずーずーしー人だったんですね。

(中略)

詰将棋を見物する

 次は懸賞対局。関根九段VS剱持七段。関根九段は藤尾文部大臣を柔和にしたような風貌。剱持七段は小学生大会の大盤解説の時のニコやかな顔とはうって変わってコワーイ顔。えらく早い指し手で序盤が進む。芸を見せてるって雰囲気。この一局、95手で剱持七段の勝ち。勝敗と手数を当てるのが懸賞でしたが、ぼくははずれました。大盤での感想戦で、勝った剱持先生がはしゃいでいる。やっぱ勝つとうれしいんだよな。

 将棋茶屋でお好み焼き300円とラムネ100円を食す。他のメニューは焼きそば300円、焼きそば(大)400円、ジュース100円というシンプルな布陣。おやつに焼きそばを食べたけど、肉のかわりに天カスが入っていた。別にまずくはないけど、変わってるなあと思った。

 つぎのプログラムは「詰将棋鑑賞」。何だかめずらしいということだけはわかる。七條兼三氏登場。大物だということは聞いたり読んだりしていたが見るのははじめて。先入観があるからかもしれないが風格を感じる。とにかくベージュの背広は高そうでありました。相手方は森田正司氏。近代将棋誌で有名な詰将棋作家で、気の良さそうなおじさまです。

 七條氏の傑作「全駒使用、純銀詰」を大盤で解いていこうという単純な企画でありますが面白かった。まず、盤には攻撃側の玉を除いた全駒が広がっています。それに王手をかけていくと最後は玉と攻撃側の銀4枚でジ・エンドという趣向。王手をかけていくとそのまわりの駒が次々になくなっていって一回りするとすっかり片付いていました。掃除機のようだなと思う。こーゆースゴイものは理解不能でただ感心するのみ。

 これをつくるのに半年ぐらいかかったそうです。最後の形をまず考えて、前のほうを作っていく。他に純金詰という作品もあり純桂詰というのも考えているそうです。なおこの作品は、近代将棋61年1月号に掲載され、2月号に解答が載っているとのことです。

ヨネナガはオモシロイ

 いよいよ紅白混成リレー将棋。語感が派手で楽しそうであります。3人が一組となり10手交替で指していくというもの。組分け順番は前に記したメニューをご覧ください。解説は米長十段。聞き手の森田氏にさかんに「お宅は会社ではエライんでしょ?」と聞いているうちに、「油断ならぬ小娘」斎田女流3級の「三年に一度の」角が決まり、白組の勝ち。とどめを刺したのが小松方正さん。刺されたのが中年探偵団の高嶋秀武さん。大盤前の感想戦で高嶋さんが米長十段に「わたしんところで逃げようがあったんですか?」と聞き「ありません」と答えをもらい「安心しました」と言ってた。

 いよいよ米長十段の講演。このころになると畳のところはギュウギュウだし、立ち見もギッシリ、さすが米長人気でギャルが鈴なりと思ったら200人以上はいるであろう聴衆の中に女性は3人でしたね。うち2人はダンナのつきあい。あとの1人は、聞いてみたところ東大の将棋部の方で4日間毎日来てるんだそーです。将棋は男の世界だ、女はいらない!と私は言いたくない!

 さて米長十段である。この時点で王位戦0-3。苦戦の真っ最中、しかしまだトドメは刺されてはいない。さぞや消沈しているかと思ったら、案の定明るかった。これなら挽回して、この本が出るころまで王位戦やってればいーなあと思ったら、昨日結果が出てしまいました。この秋に出ます「米長流将棋に勝つ法」という本の中のマンガを描かせていただいておりまして、なんとか勝ってくれないかなーと思ってたんですけどね。

「近頃は人生相談なるものを週刊文春でやってるんですけど、こちらが相談したくなっちゃって」で始まりまして、21世紀には両極端に分かれるだろうという話。つまり、コンピュータなどの高度な知性の分野と、それに反発するように自然に帰ろうという感性の分野に分かれる。そこでモテる男は知性と感性を兼ね備えた人間で、それを鍛えるには将棋が一番だということです。なんて将棋まつりにピッタリコンのテーマでありましょう!

 本日の結びの一番、米長十段VS宮坂八段の特選対局。解説佐瀬八段、聞き手高嶋秀武アナ。対局の両者ともピリリとした顔つきで手を進めていく。新聞雑誌で読んだところから想像すると、米長十段はけっこうしゃべりながら指すのかと思ったら違っていた。しかし、こうして米長の将棋をあぐらをかいて見れるというのは、将棋まつりならではでしょう。将棋のほうは宮坂八段が押していたが米長十段が逆転勝ちした模様です。実をいうとこのころはちょいと眠気をもよおしていたのです。朝10時前から5時までですからね、メモしたりしながらだから疲れちゃったんだい。でも読み上げる奨励会の子もコックンコックンやってたからね。夏は眠いのだ!ピシャリと駒が打たれる度にパッと目を覚まして読み上げるのはおかしかった。よく、すぐに数字が出てくるなあと思う。

 ということで将棋まつりの一日が終わりました。催事の終わった会場ではそこここで将棋を指す人々がいます。

 畳にリラックスして座り、一日一流の対局などを見るというのは、かなりいい夏の過ごし方ではないかと思った。

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今は無くなっているが、32年前の小田急将棋まつりの模様。

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手数当て懸賞というのが斬新に思える。(当たる人がきちんと出るのだろうかという問題はありそうだが)

詰将棋鑑賞というコーナーがあるのもすごい。なおかつ、七条兼三氏、森田銀杏氏という出演者もすごい。

小松方正さん、高嶋秀武さんがフルで出場しているのも豪華。

バトルロイヤル風間さんがレポートを書いているのも絶妙だ。

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庄司俊之三段も先崎学二段も米長邦雄十段門下。(段位は当時)

この日は、米長一門で固められていたということになるのだろう。

バトルロイヤル風間さんが描く先崎二段の似顔絵が、直線眉毛と点の目と二重丸口だけでこれほど似るのだから、驚いてしまう。