「対局室のジョークはだいたいこんな風にスレスレの線を行っている」

将棋マガジン1985年2月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

 大広間の最上席は、大山-小林(宏)戦(十段戦)で、そのとなりは米長-森(雞)戦(名人戦リーグ)。他に3組リーグ戦が6局。

(中略)

 米長-森戦は快ペースで、もう7図まで進んでいる。私が坐ると、米長は「序盤がヘタだと云われるんでねえ」と呟いた。うなずくわけにもいかず黙っていると、やや間をおいて森が突然「九段にさせてよ」と叫ぶようにいった。

「そう、あんたと森安君は九段になってもいいんだ。それに佐瀬九段もね、会長がいいといえば決まるのに。会長はなにをやっているんだ?」

 米長は独特の表情でとなりに返答をうながした。

「だったら四角い包みをもってらっしゃいよ。話はそれからじゃないの」

 大山が笑っていう。どっときたところで、私が森に「それならここにいる加古さんにやり方を教わればいいや」といえば、加古記者は慌てて「なんで私の名が出るの。私は賄賂なんかもらってませんよ」

 加古記者はレコード大賞の審査員である。ヒゲの九段のいいぐさじゃないが、対局室のジョークはだいたいこんな風にスレスレの線を行っている。

(以下略)

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森雞二八段(当時)の対局中突然の「九段にさせてよ」は、いかにも森雞二九段流の面白さ。

これは、この年度の4月に規定が変わって7人の九段が誕生したことから、早く自分も九段になりたい、というもの。

9月9日に九段会館で行われた「九段昇段を祝う会」

「会長がいいといえば決まるのに。会長はなにをやっているんだ?」も米長流の大胆さ。

それに対する大山康晴十五世名人・会長の「だったら四角い包みをもってらっしゃいよ。話はそれからじゃないの」も、非常に絶妙。

四角い包みは、時代劇によく出てくるような、饅頭などの和菓子の入った箱の下に小判がびっちりと詰められているものを想定すれば良いのだろう。

もちろん、お金を払って段位をどうこうできるわけもないので、これは大山流のジョーク。

「話はそれからじゃないの」が、四角い包みを持っていっても、まだまだ困難な道がいくつもありそうに思えるような絶望的な言葉だ。

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また、レコード大賞審査委員もやっていた毎日新聞の加古明光記者に「それならここにいる加古さんにやり方を教わればいいや」と言う河口俊彦六段(当時)もすごい。

当時、レコード大賞審査委員には賞を獲りたいプロダクションやレコード会社から多くの裏金が流れているなどと週刊誌が書いていた頃なので、非常に大胆な会話だ。

もちろん、レコード大賞を運営しているTBSと同じ系列である毎日新聞なので、こちらも当然のことながらそのような悪いことはできない。

それにしても、ドキドキするようなスレスレの線の会話だらけ。

森雞二八段は、勝数規定でこのほぼ1年後に九段に昇段する。