「1億と3手読むという呼び名は伊達ではなかった」と言われた佐藤康光棋聖(当時)の読み

将棋世界2004年7月号、滝澤修司さんの第22回朝日オープン将棋選手権決勝〔深浦康市選手権者-羽生善治名人〕五番勝負第4局観戦記「波乱 激闘 そして・・・・」より。

 今期の朝日オープン選手権の第1局から第3局まではすべて横歩取り△8五飛戦法。第4局も当然△8五飛戦法が予想されたが……。

「1回ちょっとやってみたかった」という羽生の誘導で後手番一手損角換わりに進行。

(中略)

8図以下の指し手
△8七歩▲7八玉△6九銀▲6八玉△7六桂▲同金△5八馬▲7七玉△8八銀▲8七玉△8四飛▲8五角(9図)

 8図を前に控え室で検討していた佐藤康光棋聖の目が光る。先手玉が詰んでいると言うのだ。△7六桂▲9八玉△9七銀▲同桂△8八桂成▲同玉△8七歩▲9八玉△8九銀▲8七玉△8六角成▲8八玉△9七馬▲同玉△8五桂▲8八玉△7七金▲8九玉△9七桂不成▲9八玉△7六馬▲9七玉△8七馬までである。

 流石、「1億と3手読む」という呼び名は伊達ではなかった。

 途中の△8八桂成が作ったような妙着で、単に△8九銀▲8七玉に△8六角成は▲同玉と取られ、7六の桂が邪魔駒(△7六金と打てない)で詰まない。

 感想戦で佐藤はこの手順を披露し「念のためコンピュータにかけられてしまいました」と苦笑まじりに話した。

 その瞬間、羽生は背を後ろに傾け、仰け反りそうになりながら「えっ、えっ~まったく考えなかったな。ひどいな~」とこちらも苦笑を返した。

 本譜は△8七歩から入ったため、詰みそうで詰まないのだ。

9図以下の指し手
△7六馬▲同玉△7五歩▲6七玉△6六歩▲6八玉(投了図)
まで、123手で深浦朝日選手権者の勝ち。

 9図の▲8五角が絶妙の合駒。歩ではいけないのだ。その理由は投了図を見て頂きたい。角が遠く5八の地点に利いていて△5八金の詰みを逃れている。

「角合いで勝ちだと思いました」としばし無言の後、搾り出すような声で語った深浦。しばしの無言が戦いの激しさを物語っていた。

 本局は二転、三転した大熱戦。両者の読みが激しくぶつかった。

 最後に深浦が優ったもの。それは「最終局まで指すことが当初からの目標でした」という執念だったような気がしてならない。

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「1回ちょっとやってみたかった」が羽生善治竜王らしいところ。

この時の羽生名人(当時)の後手番一手損角換わりは、手詰まりの局面にして手損が関係ない世界にしてしまおうという指し方だった。

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「えっ、えっ~」も羽生竜王が本当にビックリした時によく言いそうな印象の言葉。

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「流石、1億と3手読むという呼び名は伊達ではなかった」と書く気持ちが痛いほどわかる、佐藤康光棋聖(当時)の読み。

23手詰めだが、かなり難易度が高い詰み手順だ。そもそも、羽生名人が気がつかなかった手順なのだから、凄い。

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ページを読み進めていくと、次の記事もあった。

将棋世界同じ号の山本真也四段(当時)の「関西将棋レポート」より。

 この日は朝日オープン五番勝負の第4局が静岡県で指されていて、関西会館の控え室でも研究していた。神崎七段や、大盤解説のために来ていた小林(裕)五段などで検討していた。白熱の終盤戦が続く中、8図の局面で深浦玉に詰みがあるかどうか皆で調べていた。

 だがどうも詰まないので、誰かが「羽生さんツイてないねえ」などと言っていたら、奨励会三段の津山君が「△7六桂で詰みますよ」と言った。△7六桂▲9八玉△9七銀▲同桂△8八桂成!▲同玉△8七歩以下長手順だがまるで詰将棋のように華麗に詰む。するとまた誰かが今度は「羽生さんはやっぱり強い星の下に生まれてるんだねえ」と呟いた。だがさすがの羽生名人も時間に追われて発見できなかった。しかし、こんなに綺麗に詰むのは滅多にあるものではない。津山君、良く手が見えてるねえ。

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津山慎吾三段(当時)はこの2年後に年齢制限で奨励会を退会することになる。

津山三段もこの局面について1億3手読めていたわけで、プロになるのがいかに大変かがわかる。

師匠の想い

 

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