加藤一二三九段「私は対局中、よく『残り何分ですか』と記録係に尋ねることがある」

将棋世界2005年6月号、加藤一二三九段の「加藤一二三名局選」より。

 昭和41年か42年の王将戦七番勝負で私が大山王将に挑戦した時のことである。連敗して迎えた第3局は、私が早指しに切り替えたため、一日目から70手近く進んだ。

 午後3時頃、大山さんから丸田立会人を通して、「これ以上指し続けると一日目で将棋が終わるので指し掛けにしよう」という提案があった。大山さんにすれば、対局の流れを変えるという意図もあったのだろう。

 私は「このまま指しても一日目で終了することはありません」と言うと、毎日の三谷記者も「一日目で終わったとしても毎日新聞としては異存ありません」と言ったので対局は続行された。

 他の棋士は大山さんの申し出を受けて早く封じることもあったそうだが、私には理解できないことだった。規定の時刻までの時間を折半して、実際に消費していない考慮時間を棋譜用紙に書き込む必要性はない。

 私は一度断ったので、それ以降タイトル戦でそうした申し出を受けることはなかった。丸田先生にはよく立会人を務めていただいたが、いろいろと苦労されたのだろう。今でもよく覚えている。

(中略)

 丸田先生は名棋士だが、大変な時期に会長、理事を務めた。物事の考え方が常識的である。しかも芯があるのに柔軟で、常に他人を理解しようとする人である。

 私は対局中、よく「残り何分ですか」と記録係に尋ねることがある。それを何度も繰り返すのは普通に見ているとおかしいかも知れない。対局相手の中には吹き出す人がいてもおかしくはない。しかし、丸田先生は私の振る舞いを見ていて「ああ、加藤さんはそうやってリズムを取っているんだね」と言われた。相手の意図を汲み取る能力のある人だなとつくづく思った。

 昭和50年代のいつだったか、私が40歳ぐらいの頃、丸田先生はそれまでのA級の将棋をすべて暗記していた。

「加藤さんが長考するのは、ほかの棋士の将棋をあまり並べないからでしょう」と言われた。よく他人を見ており、独自の理解の仕方があるようだ。

 また、丸田先生は地元長野の「ながの東急百貨店」の将棋祭りでよく棋士の紹介をする。実に的確で、以前に「加藤さんは若いうちから活躍しているが、年を取ってからも活躍して記録を作れる人だと思う」と言ってくれた。そうした何気ない一言が私の棋士人生の励みになっている。

(以下略)

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加藤一二三九段が「残り何分?」と何度も聞くことはあまりにも有名な話だが、その理由が自身から語られている非常に貴重な文章。

「残り何分?」の気持ちが十分に理解できる。

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丸田祐三九段は、大山康晴十五世名人とは一緒に旅行をするほどの友人であり、升田幸三実力制第四代名人からの信頼も厚く、なおかつ加藤一二三九段からもこれほど思われている。

これは本当に凄いことだ。

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大山康晴十五世名人からの「これ以上指し続けると一日目で将棋が終わるので指し掛けにしよう」の提案。

これは対局の流れを変えるという意図もあったかもしれないが、早く終わって麻雀をやりたいという気持ちの方が濃厚だった可能性が高い。

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