近代将棋1982年4月号、加藤一二三十段の「質問箱」より。
問 長考と振り飛車について
前略、加藤先生へ質問します。
先生は時々序盤で長考しますが、いったい何をどこまで読んでおられるのでしょう?僕なら2、3秒で指す所を2時間、3時間は考えられておられます。そんなに時間を使っては終盤損をすると思うのですが…!? 対局前は作戦の研究はしないのですか?
それともう一つは、毎日矢倉ばかりやらないでたまには振り飛車をして欲しいと思います。加藤先生ほど強い人が飛を振れば、無敵四間飛車ぐらい容易に指しこなせると思います。それとも振り飛車は不利という見方なのでしょうか?
(福井県 Yさん)
答 先きを考える
将棋の戦いでは、序盤から勝負所にさしかかる時があります。そういう時には大長考をすることがあります。先きの先きまで読んで、自分に有利なら、その手を指すし、また少しでも不利なことが分かると、別の手を選ぶわけです。
序盤戦は一応定跡があるので、すらすらと指せるわけですが、相手のちょっとした変化で、新しい形になることが多いのです。そういう時に、的確に対処するために長考することがあります。終盤のどちらかが勝つかまでは読み切れませんが、中盤までは考えます。
序盤が中盤につながり、有利な中盤が終盤によい影響を与えるので、少しでも有利な分かれを得ようとして考えることになります。
力が互角の時の勝負は、序盤で不利を招くと、取り返すのがなかなか困難なので、それをさけるためにも慎重に考えることがあります。だからといって、あまり考え過ぎると、終盤に持ち時間がなくなるので注意が必要です。それから、次のご質問ですが、私が飛車を振らないのは、なれていないからです。将棋会の席上対局などの時に、一度ぐらいは振り飛車にしようかと思うこともあるのですが、考え直して、いままでは飛車を振っていません。
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現在の、お茶の間の人気者「ひふみん」への質問ではなく、36年前、名人位を獲得する直前の頃の加藤一二三十段(当時)への質問。
「鬼神も恐れぬ」「あまりにも率直すぎる」「超鋭角的な踏み込み」、さまざまな形容があてはまる、あまりにも大胆な質問。
よくぞ聞いてくれた、という感想の読者も多かったことだろう。
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それに対し、加藤一二三十段が真摯に回答している。
非常に貴重な内容だ。
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「加藤先生ほど強い人が飛を振れば、無敵四間飛車ぐらい容易に指しこなせると思います」
無敵四間飛車とは、佐藤大五郎九段が心血を注いでいた四間飛車のこと。当時は現在進行形で指されていた。
痛快なほど大胆で無敵な質問者のYさんだ。