「この位置は郷田九段にゲンのわるい席のはず、と言った人がいる」

将棋世界2003年4月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 A級順位戦は正念場を迎えた。この日の見所は、佐藤棋聖対藤井九段戦と、島八段対郷田九段の二局。もう一局、谷川九段対森下八段戦は大阪で行われている。

(中略)

 中央の間は上座に島八段、下座に郷田九段が座っているが、この位置は郷田九段にゲンのわるい席のはず、と言った人がいる。そう言われて思い出した。

 2年前のB級1組順位戦の最終戦で、郷田九段は中村八段と対戦し、最後に必勝となりながら、悪手をつづけて敗れた。たしか、穴熊囲いで、▲6八金と金をただで捨てる筋を逃したのである。背後で三浦七段が高橋九段と戦っていて、三浦七段がボロボロにされたのだが、郷田が負けたので、藤井九段、三浦七段が上がったのだった。

 そのとき、郷田九段は、盤上の投了の場面を崩さず、1時間あまりもうつむき、ため息をついていた。本当に傷ましい場面だった。

 プロの将棋は、こうした因縁がからむからおもしろい。現在の主力棋士は30歳前後で、まだ因縁がすくなく、だからエピソードもまたすくない。

 郷田九段は7回戦で丸山九段を破り、当面の危機を脱したかに見えた。ところが、今日、直接対決の対島戦で負けるとまた苦しくなる。島八段はそれ以上で、負ければ降級が決定してしまう。

 そうした首のかかった一戦での、島八段の指し方が絶妙だった。

(以下略)

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特に負け続けているわけではないけれども、たまたま挑戦や昇級がかかった一戦での敗局が同じ場所で続いたことで、郷田真隆九段にとってゲンの悪い席ということになったと考えられる。

仮にゲンの悪さが本当だったとしても、この頃に比べれば郷田九段が下座に座ることは少なくなってきているはずなので、郷田九段にとっては特に問題にはならないだろう。

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郷田九段が▲6八金の只捨てを逃したというのは、同じ狙いで▲6八金と▲6九金の候補手があったが、6八は吉で6九は凶、郷田九段が指したのは▲6九金の只捨てだった、という経緯。

郷田九段が▲6八金の只捨てを逃した一局→藤井猛竜王(当時)「特別対局室で指したい」

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大山康晴十五世名人にも、ゲンの悪い対局場があったという。大山名人には幸いなことに、その旅館は比較的早い時期に廃業している。

大山十五世名人と相性の悪かった対局場

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多くの人にとってゲンの悪い場所が、一時期存在していた。

それは、1990年代後半、世紀末と言われ始めていた時期の東京・永代通り。

1997年、経営破綻により山一證券が自主廃業、三洋証券が倒産、北海道拓殖銀行が他行へ営業譲渡、1999年に東急百貨店日本橋店閉店。

これらの企業は、すべてJRの線路よりも隅田川寄りの永代通りに本社を構えていた(拓銀は東京本部)。

倒産通りと呼ぶ人さえいた。

今の永代通りはそのようなゲンの悪い場所ではなくなっているので、時間が解決するというようなことがあるのかもしれない。

 

 

 

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