対局中「ヒジから先の力を抜け」という教え

将棋マガジン1986年10月号、米長邦雄十段(当時)の第27期王位戦第3局自戦記「力抜けず三連敗」より。

 7月、8月、この夏場に入って、棋聖は取られる、順位戦の初戦で大山さんにやられる、そしてこの王位戦では連敗と、一番の恋人である勝利の女神にすっかり見放されたような感じがする。焼きもちでもやいているのだろうか。

 福岡に対局で来るのは、随分久しぶりだ。対局の前日、博多のショッパーズダイエーという店で行われた将棋まつりに出演することになっていた。タイトル戦と将棋まつりがタイアップした企画は珍しい試みだが、会場は大変な熱気に包まれていた。こうした企画は全国でどんどんやってもらいたいものだ。

(中略)

 本譜の△6五銀は、あわよくば右翼方面脱出をねらった手だが、▲7三金で万事休す、あとは1回だけ王手をして投了である。

 この対局が行われた「ホテルセントラーザ博多」には、屋外プールがある。1日目の昼休みにこのプールで泳いでいたら、副立会いの田中寅彦先生が和服姿でお見えになって、泳ぎ方のコーチをしてくれた。

 私の泳ぎは25メートルがやっと。対して田中八段は連盟で、一、二を争う水泳の名手で、100メートルを1分10秒台で泳いだことがあるという実力者。その彼に、クロールの手の上げかたは「ヒジから先の力を抜け」とアドバイスされたが、そのアドバイスは私のクロールにではなく、私の将棋に対してしてくれたものではなかったか。その教えさえ守っていれば、あそこで△6五桂と跳ね、あんなに短絡的に攻めたりすることはなかったろう。

 1日目の夜は、タイトル戦では珍しいことだが、担当記者の高林譲司氏や田中八段らと外に出て、河太郎なる店にて、イカの活きづくりを食べた。この店のイカは泳いでいるものをその場で刺し身にしてくれる。博多に来る楽しみの一つは、このイカを食べる

ことにもあるのだ。

 プールで泳ぎ、優雅なイカの泳ぎを見て刺し身を食べたまではよかったが、将棋の方は力が入りっぱなし。不出来であった。

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「ヒジから先の力を抜け」

将棋を指している時に具体的にどうすれば良いのか難しいところはあるが、気持ちはとてもわかる。

もう一つ、対局中に実効すると良さそうなのが、勝負所で、目をつむり、大きく息を吸って吐いてから考えること。つまり深呼吸。

先崎学八段(当時)の『将棋の勝率が必ずアップする法』

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田中寅彦九段は近年、シニアアマチュア水泳界で好成績をあげ続けている。

昔から連盟で一、二を争う水泳の名手とは知らなかった。

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河太郎は福岡市中洲が本店だが佐賀県唐津市に呼子店もあり、呼子店の詳細については弦巻勝さんが書いている。

米長邦雄永世棋聖の鮒寿司