将棋マガジン1990年10月号、屋敷伸之棋聖(当時)の第56期棋聖戦五番勝負第5局自戦記「奇跡が起こった」より。
今年の6月は、いろいろとひどいめにあった。竜王戦の5組決勝で敗れて、本戦出場とフランクフルトへの夢を断たれた。
そして、中旬からはこの棋聖戦。相手は、名人に返り咲き、ますます勢い盛んな中原誠名人・棋聖・王座。三冠を持っているので、一つくらいはゆずってくれないかと思っていたが、その考えは甘く(当たり前だが)出だしにあっさり2連敗してしまった。結局、この6月は1勝4敗だった。
「月が変わるのを待つしかない」
そう思って、7月は暑いなかでがんばった。3局目、そしてないと思っていた4局目で勝って、2-2のタイになって、正直いって自分でも驚いていた。特に4局目は途中でほぼあきらめていただけに、勝てると思わなかった。
そんなわけで、もっとないと思っていた5局目がめぐってきた。月の変わりはじめの8月1日。運命の日はついにやってきた。
(中略)
手数は長くなったが、安全にと思っていた。それにしても最後の△1二角には驚いた。どうすればいいかわからなかったが、補充の▲2五銀があった。
△2五同銀▲同飛で、中原先生が投了を告げられた。自分でも信じられなくて、ボーッとしてしまった。
今回、また挑戦できたということで嬉しい半面、不安な面もありました。なんといっても、名人に復帰されたばかりで、乗りに乗っている中原先生との対決です。
ふたを開けてみますと、第1局、第2局は策を凝らしたにも関わらずに完敗しました。見事に包みこまれたという感じで、自分の将棋は通じないのかと正直いってショックでした。
「一番悪いときに当たってしまった」
そんなことをちらっと思い、ほとんど勝負を捨てていました。しかしそんなときに救いになったのが、いろいろな方々の励ましでした。あのときは本当に人の暖かさを感じました。
そうして捨鉢のつもりが、開き直りに変わり、3連敗だけは免れたいと思いました。3局目は難しい内容でしたが、なんとか勝たせていただきました。次の一局が指せるのがとても嬉しかったです。
その次もなんとか勝てまして、第5局を指せるのは夢のようでした。
そして……奇跡が起こりました。
中原名人は、名人戦から激闘続きで、7月に入ってからは調子を崩されていたようで、そうでもなければ万に一つも勝ち目はなかったと思います。そのへんも運が良かったです。
最後になりましたが、応援してくださった方、祝電をくださった方、皆さん、ありがとうございました。
誌上をお借りして、御礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
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屋敷伸之九段が18歳の時のタイトル獲得。
この時のタイトル獲得最年少記録は破られていない。(それまでは前年の羽生善治九段の19歳が新記録)
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2連敗後の3連勝。やはり、第3局を前に開き直ったのが良い方向に向かった。
中原誠十六世名人が1972年名人戦で2勝3敗後に慣れない振飛車を連採して自身初の名人位を獲得したのも、渡辺明二冠が2008年竜王戦で3連敗後に4連勝して竜王位を防衛したのも、開き直りが出発点。
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「三冠を持っているので、一つくらいはゆずってくれないかと思っていたが」
そう思ってしまう気持ちはわからないでもない。
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上の写真は、挑戦者決定戦翌日の写真で、棋聖位奪取翌日の写真ではない。
そもそも、屋敷九段の普段の顔が笑顔だ。